第四話:交わる言葉、繋がる縁

男の言葉が、日本語として明瞭に頭の中に響いた瞬間、大和猛は自分がスキルを本当に習得したのだと震えるほど実感した。その驚きで、一瞬返答が遅れてしまう。男の眼光がさらに鋭くなるのを感じ、猛は慌てて口を開いた。


「わ、私は……どこから来たのか、どうしてここにいるのか、分かりません。私の……記憶が、ないんです」


絞り出すような声で、猛はゆっくりと、しかしはっきりと答えた。自分が何者なのか、何が起こったのか、一切思い出せない。その正直な困惑を、彼の表情に滲ませながら。


猛の言葉を聞いた男は、その大きな眉をわずかにひそめた。その顔には、驚きと、信じられないものを見るかのような疑念の色が混じっている。男は一度、隣に控える門番の男に視線を向け、それから再び猛をじっと見据えた。


「……ほう。言葉を解すか。先ほどまで何も分からぬようであったが、これはいったい、どういうことだ?」


男の声は、依然として威圧的だったが、先ほどまでの苛立ちは薄れ、代わりに強い好奇心が感じられた。猛は、スキルツリーのことを説明するべきか一瞬迷ったが、あまりにも突飛な話であり、逆に疑われるだけだと直感した。彼は、事故と記憶喪失のことだけを、簡潔に話すことに決めた。


「私は、元の世界で……その、事故に遭いました。気づいたら、この地下牢にいて……自分の名前以外、何も思い出せないんです。どうやってここに来たのかも、本当に全く……」


猛は必死に訴える。嘘偽りのない、彼の正直な言葉だった。男は腕を組み、顎鬚を撫でながら、じっと猛の目を見つめていた。その表情からは、猛が真実を語っているのか、それとも欺こうとしているのか、判断しようとしているのが見て取れる。


その間、猛を連れてきた大柄な門番、ゴルンは、ただ無言でその成り行きを見守っていた。口元には、どこか呆れたような、しかし微かに興味を隠しきれないような表情が浮かんでいる。彼の見るからに粗野な外見とは裏腹に、意外と鋭い観察眼を持っているのかもしれない。


しばらくの沈黙の後、男は深く息を吐いた。


「……ふむ。記憶喪失、か。にわかには信じがたい話だが、貴様の言葉を理解する能力は確かに異質だ。ここ数日、この砦の周辺で見慣れぬ者が徘徊していたという報告もない。だが、地下牢に放り込んだままでは、いつ死なれてもおかしくない、か」


男は、何かを思案するように目を閉じ、再び目を開けた。そして、その鋭い視線をゴルンへと向けた。


「ゴルン。こやつはただの囚人ではないかもしれぬ。かといって、野に放つわけにもいかぬ。貴様が面倒を見ろ。とりあえず、こやつに最低限の仕事をさせながら、様子を見るのだ。もし、妙な動きを見せたら、即座に報告せよ」


男の言葉に、ゴルンは大きな体をわずかに揺らし、不満げに鼻を鳴らした。


「へぇ……厄介事を押し付けられちまったな、隊長殿。まあ、命令とあらば仕方ねぇが。こいつが使い物になるかはわからねぇぜ?」


ゴルンは粗暴な口調で答えたが、隊長と呼ばれた男、ヴァレリウスは彼の言葉を気にする様子もなく、ただ頷いた。


「任せたぞ、ゴルン。無駄な労力にはならんはずだ」


ヴァレリウス隊長の言葉に、ゴルンは肩をすくめ、大きなため息をついた。そして、猛の方を向き、その太い指で乱暴に顎をしゃくる。


「おい、行くぞ。ここに突っ立ってても飯は出てこねぇんだ」


猛は、理解できる言葉で指示され、内心ほっとした。地下牢に戻されることもなく、すぐに処刑されることもない。だが、この粗野な男、ゴルンの下で働くことになったらしい。彼は、自分を乱暴に引きずり出した男だ。一体どんな扱いを受けることになるのか、不安が胸をよぎる。


ゴルンは振り返りもせず、扉へと向かって歩き出した。猛は、ヴァレリウス隊長に軽く頭を下げると、ゴルンの後を追った。隊長室を出て、再び薄暗い通路を歩く。今度は地下へではなく、おそらく地上のどこかへと向かっているようだ。


隣を歩くゴルンの大きな背中を見上げながら、猛は静かに考えた。この粗野な男が、この異世界での自分にとって、最初の繋がりとなる。記憶のない自分にとって、彼が敵なのか味方なのか、まだ判断できない。しかし、この出会いが、彼の異世界での生き様を大きく左右するであろうことは、猛の心に強く刻み込まれた。

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