第二話:番人の影と、未知の気配

ザッ、ザッ……。


石畳を擦るような足音は、段々と大きくなり、やがて目の前の鉄格子の扉のすぐ外で止まった。ゴツン、と何か硬いものがぶつかる鈍い音がして、猛は思わず身を固くする。心臓がドクドクと不規則な音を立てていた。


そして、ギィィイィ……。


耳障りな音を立てて、重厚な鉄格子の扉が内側にゆっくりと開いた。闇を切り裂くように、赤々とした松明の光がまぶしく差し込み、猛の視界を焼く。思わず腕で目を覆うと、その隙間から、ぼんやりとした人影が見えた。


光に目が慣れてくると、そこに立っていたのは、粗末な革鎧を身につけ、腰に鈍く光る剣を吊るした大柄な男だった。顔には無精髭が生え、瞳の奥にはギラリとした獰猛な光が宿っている。衛兵、あるいは牢番といったところだろうか。男は猛を一瞥すると、何の感情も読めない顔で、低く、唸るような声を発した。


「グォアァァ……コヌ……」


聞いたこともない言葉だ。猛は困惑し、ただ呆然と男を見つめる。男は猛の反応に苛立ったのか、無遠慮に牢の中へ一歩踏み込むと、その大きな手で猛の腕を掴んだ。骨が軋むかと思うほどの強い力で、猛は容赦なく引きずり起こされる。


「い、いっ!」


思わず呻き声が漏れたが、男は構わず、猛の細い腕を掴んだまま、ぐいぐいと引き寄せる。おとなしい性格の猛は、咄嗟に抵抗することもできず、ただされるがままに立ち上がった。恐怖で体が震えるが、必死にそれを抑え込む。この男に逆らっても、ろくなことにならないだろうという本能的な感覚があった。


その時だった。


掴まれた腕の痛みと、男の威圧的な雰囲気に押し潰されそうになった刹那、猛の視界の端に、再びあの半透明なウィンドウがチカ、と瞬いた。それは一瞬のことで、すぐに消えてしまったが、確かにそこに存在していた。恐怖の感情が高まった時に現れるのか?あるいは、何か自分に危険が迫った時に表示されるものなのだろうか?


疑問が次々と頭をよぎるが、今は考える余裕はない。男は荒々しく猛の背中を押すと、牢の外へと促した。


重い扉が閉ざされ、松明の光に照らされた通路へと引きずり出される。通路は湿気ていて、壁にはカビが点々と生えていた。所々に松明が掲げられ、その薄暗い光が長く、不気味な影を落としている。猛のいる牢獄以外にも、通路の両側には鉄格子がはめられた部屋がいくつも並んでおり、中からは時折、うめき声や、鎖の擦れるような音が聞こえてくる。


ここが、地下深くにある牢獄であることは間違いないようだった。


男は猛の腕を掴んだまま、迷うことなく通路を進んでいく。冷たい石の床は不規則に窪んでおり、足元がおぼつかない。歩くたびに、自分の粗末な服の裾が冷たい水たまりを跳ねる音がした。猛は、この先に一体何が待ち受けているのか、全く見当もつかないまま、ただひたすら男の後を追った。


長く、曲がりくねった通路を抜けると、階段があった。上へと続く石の階段を、男は猛を引っ張るようにして上がっていく。一段、また一段と上がっていくたびに、土の匂いが薄れ、代わりにどこか金属と石が混じったような、生々しい匂いが強くなる。


果たして、自分はどこへ連れて行かれるのだろうか? 処刑か? それとも拷問か? 記憶のないまま、こんな場所で命を落とすことだけは避けたい。そう心の中で強く願った時、猛の心に、ある種の諦めと同時に、抗いがたい好奇心が芽生えた。あの不思議なウィンドウ、そして「スキルツリー」と書かれた文字。あれは一体、何なのだろうか?


階段を上がりきると、そこは薄暗い大広間のような場所だった。遠くからは、剣のぶつかり合うような音や、人のざわめきが聞こえてくる。どうやら、牢獄の上には、もっと多くの人間がいるようだ。そして、男は猛を連れて、その広間の奥にある、ひときわ大きく厳重な扉へと向かっていた。

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