第7話

 翌日、夢は目を覚ました。バイタル、メンタル共に異常なし。不自然なほどに傷も回復していた。だが、それは器であった彼女にとって珍しくないことだった。自然と体は闘争を求めるようになっていく。それが夢と言う体の特性だった。

 本人の意向。そして事実、特に問題がないことを加味し赤石 夢はギルドを後にした。


 後にしてしまった。


 ─────話は前日に遡る。ギルド上層部は揉めていた。櫂の提言によって現在の夢は、既に神が入り込んだ状態、『上位化』した存在だと言うことが示された。そしてこのまま行くと暴走するとも伝えられた。

 ギルド上層の考えはその時点で二分された。まず、このままギルドに拘束しておくと言う派閥。理由はその方が対処がしやすいため。

 そして、もう一つ。解放すべきだと言う派閥。こちらの理由は、暴走したときにギルドが巻き込まれてはパニックが加速するため。どちらの言い分も利点、難点が存在する。

 結局のところ『上位化』した存在に勝るのはごく一部のAランクの連中だ。それらを集める、と言う点において採用されたのが解放案であった。


 ─────故に、夢は外に出れてしまった。いや、力が暴走してしまえばどちらだろうとたいして変わらない。ギルド的には、ダンジョンの中で暴走してくれた方が都合がいい。それだけだ。


 配信機材を揃え午後には待機画面を設定する。これ以上無いほどの高揚感が夢の中を渦巻く。こんなのはじめてだった。

 夢が配信するに当たって選んだダンジョンは、少し遠い県境付近のダンジョン。ここは難関ダンジョンとして有名でまず、ソロで行くような場所ではない。規模も超大型の100階層。そしてここまで有名なダンジョンであれば、探索者達によって勝手につけられた名前がある。


 このダンジョンの名は─────逢魔おうま


 普段の夢だったらこんな無謀とも言えることはしない。


「さてと…。」


 準備運動もほどほどに装備を取り出す。配信用のカメラの設定をして魔石を嵌め込む。すると、カメラは宙に浮かび配信開始を待つ。


「これでよし。じゃあ…やっていこうか。」


 手元の端末の配信開始ボタンを押すと共に夢のダンジョン配信は始まった。


「さてさて…始まったかな?皆、お待たせ!茜だよ!!」


 配信用のハイテンションに切り替え、カメラに挨拶をする。


【始まったー!】

【きちゃーーー!!】

【みえてるよ】

【あれ…ここって…】


 コメントでも背景で見覚えのあるものがちらほらいるらしい。


「今日はちょっと特別!ダンジョン、逢魔に来てみましたー!!」


 その言葉に配信はざわついた。逢魔なんてソロで来るようなところではないし、配信なんてできたものではない。そもそも、今までの夢だったらこんなことはしない。それがわかっているリスナーだからこそ、不信感を抱くものもいた。


「それじゃ、早速やっていくよー!」


 そのままダンジョンへと向かっていく夢。コメントでは夢を止める声が多い。こんなの自殺行為だと。ただ、この配信は後に取り返しの着かないほど荒れることを、まだ誰も知らない。


 そうこうしているうちに、モンスターとの接敵。


「狼型…ロードウルフってやつ?」


 まだ見ぬ強者に、心が踊る夢。数は5。大きさは2メートルほど。一番奥にはそれよりも大きい個体がいる。剣を引き抜きながら、笑みをこぼす。


「1階層なのに飛ばすねぇ。」


 向かってくるロードウルフ4体。1体目の頸を落とし、流れるように2体目を串刺し。引き抜いた勢いで3体目を肘打ちで弾き飛ばす。4体目の目を剣先で潰し、また頸を跳ねる。襲いかかってきたうちの残り1体は怯えているが、それも容赦なく切り捨てた。


「さてと、後は…。」


 それと目を合わせる。ロードウルフを軽く葬ったが、コメントは称賛の嵐ではなかった。


【茜ちゃん逃げて!!】

【その実力じゃ…】

【あの奥にいるのはロードウルフじゃない!!】

【あれは…】

【マルコシアス…】


 狼型最強のモンスター。マルコシアス。氷属性の魔法に加え、素の戦闘力も異次元だ。

 このダンジョンでは下に行くほど強くなる、と言う他のダンジョンの常識は通用しない。常に最上位クラスのモンスターが襲いかかる。故に『逢魔』と呼ばれるに至ったダンジョンなのだ。


 マルコシアスが己の魔力を解放していくにつれ、冷気が辺りに立ち込める。


「こっちを鈍らせて、自分は好きに動く…かな?」


 冷静に判断する。次第に氷って行く足下。それでも夢は笑顔を崩さない。いや、これは笑顔と言うよりも、愉悦。強者と闘うこと自体に悦びを感じている目だ。


【茜…ちゃん?】

【冷静に…さっきのロードウルフの時も今までの茜ちゃんっぽくない…】

【誰…?】


 そんなコメントが散見されるようになった。

 マルコシアスが踏み込む。それに合わせて、夢も詠唱をする。


「【tezcatl】」


 誰も知らないその詠唱。それに伴い、夢の剣は黒く光る。ニッと不気味に笑い、今までの夢ではあり得ない速度で踏み込む。

 剣と牙がぶつかり合い、そして…夢の剣は砕けた。舞った破片は黒曜石のようにキラキラとしている。


【そんな…】

【何が、おこってんの、、、】

【これさすがにまずいんじゃ】

【でも茜ちゃん笑ってる】


 夢は、まだ笑みを絶やさない。砕けたはずの破片は、夢の思うままに動く。マルコシアスの体を四方から撃ち抜いていく。そうしてまた剣の形へと戻り、剣はその色を取り戻した。

 それでもよろめかないのがマルコシアス。闘争本能のままに、夢に襲いかかる。夢もそれに応えるように、真っ向から剣を構えた。先のように黒くなったりはしない。ただどこか、黒い煙を身に纏っている。

 ぶつかり合う力は拮抗している。そうして、夢はその巨体を弾いた。


「ふふ…。」


 思わず声が溢れる。今なら、さっきよりももっとうまく力を使える気がする。


「やろうか…tezcatlpocaテスカトリポカ…。」


 そう、の名を口にしたのだった。

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