第6話

「アンタ…誰だ?」


 気配が揺らいでいた。明らかに先程の夢とは別人である。その目は異質でどす黒い殺意でも孕んだかのようである。そしてニッと笑うと、そこでそいつは倒れこんだ。

 疑問符を浮かべる櫂。だが、ほどなくして安堵に包まれる。


「はあ…いったい何だってんだよ。」


 ─────その後、櫂は夢を救出しギルドへと向かった。ことの顛末を話すと夢は治療室へ、櫂も治療を受けた。櫂の傷は治ったが、夢は目を覚まさないままである。そうして、一仕事を終え疲労感を背負い帰ろうとしていると1人の男が現れた。それは櫂にとって見たくない顔であり、越えなければならないと思っている存在でもあった。


「お久しぶりです。櫂さん。」


 黒衣を纏った男はそう言った。


「チッ…大我…どこほっつき歩いてやがった!こっちは大変だったんだぞ!」


 先の影との戦闘でも何度か大我の顔が思い浮かんだ。


「櫂さんお一人で対処できることでしたので。」


「はぁ!?こっちがどれだけ─────。」


「それよりも今後です。」


「…あ?」


「今回の出来事。これは始まりに過ぎませんよ。過去の事例から見ても、大変なことになる。」


「ま、待て待て。過去の事例って何だよ?」


「…あなたAランクですよね…なんで知らないんですか?器と力の関係ですよ。これは。」


「…あれが…そうだって言うのか?」


「ええ。それで今回、赤石 夢は『神』に入られた。大変なのはここからです。あの力が暴走してしまえば、ただでは済みませんよ。もっとも、今は意識を失っているようですけど…。」


 器に力が入れば探索者としては強大な存在となる。だが、それと同時に意識が2つあることにも等しい状況に陥ってしまう。この意識がうまく融け合えば何も心配することはない。


「…それは、あいつには暴走の危険性があるって言うのか?」


「はい。少なくとも、赤石 夢の方の意識が弱い…このまま行けば暴走のリスクは大いにあります。」


「…お前でもどうにもできねぇのか?」


「赤石 夢を救うだけなら、どうにかはできます。」


「…それをすればどうなる?」


「また力がどこかに現れます。そして、その力によって特異個体が増加します。かつてない未曾有の大災害になるでしょうね。」


「…全部うまく行く方法は?」


「無いです。」


「クソ…。」


「暴走をしたなら止めればいい。それだけです。」


「…簡単に言ってくれるけどなァ、そのためにどれだけの犠牲が出ると思ってんだ!?」


「わからないです…こればかりは。」


「…あ?てめぇ、動く気もねぇくせに─────。」


「勘違いしないでください。赤石 夢の相手を俺がした時でそれです。」


「なっ………。」


「正直、今回の力…相当厄介な神です…。」


「…いつもお前はそうだよな。何が見えてる。お前の目には、どんな未来が見えてる…!!」


「………Aランクは総出で特異個体と戦い…俺は赤石 夢と戦う…そんな未来です。」


 言い終えると、櫂は大我を殴る。


「…お前…さっきまるで暴走はあくまで可能性みたいに言いやがって………確定かよ………。」


「………はい。」


「なんでテメェはいつも………黙ってるんだよ………。」


 やるせなさに拳を握る。もう一度、櫂は大我を殴り付ける。何も言わずそれを受ける大我は少しよろめく。


「それを言ったところで対処なんてできないですよ。」


「………お前はいいよな…力もあって、未来も見えてよぉ………。」


 それだけ残して、櫂は去って行った。


「………人より早く絶望を見てるだけですよ。」


 聞こえないように、そう呟いた。


 大我はその足で夢のもとへと向かう。自分でどうにかできることならとっくにどうにかしていたことだ。ダンジョンがあるかぎり、魔力があるかぎり、この連鎖は起こりうることなのだ。


 ベッドに寝かされた夢は、まだ目を覚まさない。それでも感じ取れる異質な魔力。圧倒的な存在感。自分はこれにどう立ち向かうべきなのか思案する。


『あまりやりたくはないが…あれに頼るしか無いか。』


 そうして、様子見を終えた大我もまた帰路に着くのだった。


 ─────その夜、赤石 夢はその病室で静かに目を覚ました。


「私は…。」


 意識が混濁している。何があったのかいまいちよく覚えていない。だけど、今まで以上に力が溢れてくる。


「そうか…私は…。」


 槍で体を貫かれた。その記憶を思い出す。


「そうか…ワタシは…。」


 己の在り方を思い出す。


「ハいれたんだ。」


 溶け合わない意識の中、白昼夢でも見ているかのような、それでいて全能感が支配するような今までに無い感覚。


「…明日からまた配信しないと…!」


 やる気に満ち、それだけ呟いて再び睡眠へと移るのだった。

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