第5話

 ギルドはダンジョン内で起こることをある程度把握することが出きる。そのうちの一つがダンジョンでの有事。主に異常個体の発生や異質な魔力の感知である。仮にそれが観測された場合、付近の有力な探索者に通信が行くようになっている。例に漏れず、Aランク探索者、間桐まとう かい【25】のもとにも通達があった。


「ここから近いな…。」


 携帯を見て、そう呟く。Aランクにはそれなりに特権があり、その一つが『有事の際に報告なくダンジョンに入ることが出きる』と言うものだ。無論、後で報告しなければならない。ダンジョンでの有事は人命に関わることもある。故の処置だった。


 ─────夢を突き刺そうとした槍は弾かれる。その防御行動は、夢がやったことではない。


 どこか期待をした。


 だが、その姿を見て現実に戻る。そこに居たのは櫂であった。


「なんだよ、コイツ。」


 目の前の男は軽く槍を弾いたように見えた。その実、櫂の目にもそれは異質に映っている。

 櫂の戦闘スタイルは双剣を使った速攻戦。それは、夢でも知っている。だが、実際あれの速さに追い付けるのか夢は疑問だった。


「おい、アンタ。立てるか…って、無理そうだな。救護班も要請しねぇと。」


 夢に向かってそう声をかける。そして、やつと向かい合う。

 櫂にとっても見たことの無い存在。なんなら、モンスターであるかも怪しい。そして、目の前の黒い影は動いた。夢の目には捉えきれない。

 正直、夢はAランクの真髄というのを舐めていた。自分も或いはと、思っていた。


『完全に対応しきってる…。』


 目で追えるわけもない。だが、衝撃は拮抗している。

 櫂からしてみれば、それは案外ギリギリであった。


『俺の速度にここまでついてくるって…。』


 嫌な男の顔が浮かぶ。だが、陰湿なアイツに比べれば愚直。モンスターであることには変わらないと言うことだ。その槍を真っ向から受け止め、そして、弾き飛ばす。叩きつけられたソイツの体に瓦礫が降り注ぐ。


 だと言うのに、まだソイツは立ち上がって見せた。


「…ジャ……マヲ…スルナ…。」


「…は?」


 邪魔をするな。そういった。


「喋った…?」


 思考が固まる。次の瞬間、影は動く。コンマ反応が遅れるが問題はない。速さにも慣れてきた。的確にその槍を捌いていく。そしてその喉元に双剣の刃を当てる。

 切り裂いた感触はあった。だが、そいつはダメージを負っていないように見える。


「チッ…。」


 焦りに舌打ちを漏らす櫂。どう考えても目の前の存在はあってはならないものだ。影が踏み込む。今までよりも鋭い。そして何よりも鮮明に


「【poca】」


 纏っていた黒い煙はその場を支配した。完全に視界を潰される櫂。その中でも、あの存在は縦横無尽に駆け回っているのがわかる。


『クソッ…どこから来る…!?』


 思案、思考よりも反射で体が動く。背後からの槍の刺突。なんとか弾くことができた。直後、前面からの強襲。ギリギリで弾く。

 3度、4度と繰り返される攻撃だが櫂はなんとかギリギリで弾いていた。だが、このままではジリ貧である。


『何なんだよ…コイツ、どんどん加速してる…!』


 速度を増していく影。勘さえも機能しなくなっていく。


「っ…。」


 ついに、その槍は頬を掠めた。それを皮切りに膝裏、肩、脇腹と被弾が増える。そしてついに─────。


『…3つ…同時…!?』


 気配で感じとる異質な攻撃。全くの同じタイミングでの刺突。2つは弾く。だが、残る1つ。それは櫂の腿を貫いた。


「ぐっ…。」


 痛みに膝をつくと同時に黒い煙は晴れる。準備運動とでも言うように、黒い影は跳ねる。


『速ぇ…ってか、強ぇ…。』


 勝てるビジョンが浮かばない。決定打が存在するかどうかさえわからない。何より、こちらは手負い。絶望的だった。


『次の攻撃…凌げるかどうかもわからねぇ。』


 そんな風に思った瞬間、背後から物音が聞こえた。


「なっ…あんたその体で!」


 夢の姿だった。受け答えさえもままならなかった少女はその足でしっかりと立っていた。


「だい…じょうぶです…少し…楽になりました。」


 苦しそうだが、その言葉のとおり先程よりもしっかりしている。


「て言ってもその傷…じゃ…。」


 言葉に出して気がつく。夢の体の傷は治り掛けている。


「…大丈夫です…。」


 そう言って、夢は剣を構えた。


「………脱出が優先だ。」


「はい!」


 そうして、櫂は再び黒い影に向かって踏み込む。夢はその後に続いた。櫂が一撃を入れて作った隙。その隙を見逃さない。出口まで一気に駆け抜けようとして─────。


「おいっ!後ろっ!!」


 黒い槍は夢の体を貫く。


「…ハイ…レタ…。」


 途端、貫いた傷に吸い込まれるように黒い影の体は消えてゆく。


「チッ…!」


 夢の元に駆け出す櫂。


「おい!大丈夫か!?おいッ!!」


 呼び掛けに、静かに夢は目を開けた。


「よ、よかった。歩ける………か…?」


 異質な雰囲気に気がつく。そしてまた、臨戦態勢へと移った。


「アンタ…誰だ?」



 ─────大我は、そのダンジョンでの一仕事を終わらせると呟く。


「成ったか…。」


 感覚的に、夢の身に何が起こったのかは理解していた。『器』に『力』が入り込んだのだ。


「いや…ちょい不完全だな。器の意識が弱いか…?」


 大我には今回の事象に覚えがあった。

 『器』と『力』の存在。それは10年に1度あるか無いかの割合で発生するイレギュラー。魔力に当てられ過ぎた人間は瞳の色や紙色が変異することがある。その中でも先天的な存在は稀有で生まれながらに髪や瞳に色を持つ。夢と言うのはそんな『器』であった。

 そして『力』。この世界に魔力が存在するようになり、ダンジョンが形成されてはや数百年。それぞれの土地で根付いた信仰は時に体を求め彷徨う存在となった。とどのつまり、『神』と呼ばれる存在だ。本体そのもの、と言うよりも神の性質が一人歩きしていると言った方が正しいのだが。


 今回の事象はそれに当たる。


「しかし…よりにもよって戦いの神って…変なことにならなきゃいいんだけどな。」

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