第4話
夢の潜ったダンジョンは、湾岸沿いのダンジョンの次にギルドから近いダンジョンであった。全49階層のここは分類上中型ダンジョンであり、モンスターもそれほど脅威的なものは居ない。
夢の戦闘スタイルは主に剣術メイン。実力的にも1対1ならここの通常モンスターに苦戦することはまず無い。その実力を示すように的確にゴブリンどもの頸を跳ねながら進んでいく。
1から15階層程までは疲労さえ無い程だった。それでも、夢はさらに力を欲する。もう2度と、あんな悲惨なことにはさせないために。その一心を胸に、奥へ奥へと進んでいく。20階層までたどり着いたとき、露骨に疲労がたまっていることに気がついた。
「ここら辺が限界値か…。」
そう呟く。パーティで潜っているならまだしも、ソロでのダンジョン探索。引き返すのであればこの辺りが妥当だ。岩場に腰を下ろし、呼吸を整える。
「はぁ…。」
一呼吸。それはどうにも伸び悩んでいる自分に対するものだった。あわよくば、大我の横に立ってみたい。もう一度きちんとあの力を見てみたい。受け止めてみたい。それがどこか、切実な願いとなっていた。
「大我さん…私、頑張りますから。」
そうして、また腰を上げ来た道を引き返そうとしたときだった。ゾクリと駆け巡ったそれは恐怖。前にも1度体験したことのあるそれは殺気である。ああ、そうだよりにもよって3年前と似たようなそれだ。
距離はまだあるはずなのに、ビリビリとした威圧に屈して動けない。何より、自分が来た方角に居るというのがまずい。
特異個体の発生。ここ最近は活発だと聞く。偶然なのか、はたまた必然なのか。引くにしろ、向かうにしろ剣を取らなければ行けない。生存率のもっとも高い選択肢を取るだけだ。だが、恐怖は思考を乱す。
この場に息を潜めるか、或いはまだマシな方に向かうか。
動くのは愚策だ。体力が奪われる。だが、ここにいたとてどうにかなるとは限らない。その上でもう一つ、夢は気がつく。
『魔力が…吸われてる…?』
そんな現象は体験したことも、ましてや報告さえも聞いたことがない。だが、その感覚。確実に己の魔力が吸われている感覚であった。
この場に居るのは、前代未聞の何か。
刹那、感じ取った。
『来るッ…!』
夢の目では、それの姿を捉えることはかなわなかった。防御虚しく、気がつけば夢の体はダンジョンの壁に叩きつけられていた。身体中が痛む。定まらない焦点で敵を見る。人形に近いような黒い影。次第に鮮明になるが、その姿は形容しがたいものだった。さもそれは、黒い仮面をつけ槍を携えた人間。黒い霧を纏いながら獲物を探しているようにも見える。
そうして、夢と目が合った。
「ウ……ツ…。」
黒い影は、確かにそう言った。
『しゃべった…!?』
反応しようにも全身が痛む。言葉の一つも発せない。尚も、黒い影はこちらに近づき槍を振るった。今度は防御のしようの無い一撃。それをもろに腹に喰らう。壁から反対の壁へまた吹き飛ばされる。最低限、身体強化だけは間に合ったもののそれがどうしたと言った具合。間髪いれずに、また一撃。まるで遊ばれているようである。助けも呼べない。声がでない。指の1本だって動きやしない。
久しく感じていなかったそれは絶望。圧倒的な力の前に、ただ弄ばれるしかない。そんな現実。
「ウツ………ワ…。」
『ウツワ…器…?』
聞き取った言葉を思案するが、だからといって何か出きることは無い。あわよくば、もっと強くなりたかった。もっと、上を目指してみたかった。せっかく恩人に会えたのに、その日に無駄にしてしまうだなんて。己を呪う。だが、だから何だと言うのだ。
黒い槍は夢の腹を突き刺そうとして─────。
─────遡ること数時間前。また別のダンジョンにて。その男は居た。黒衣を纏った探索者。大我だ。予定では今日はこのダンジョンのはずだ。
予知能力。世界中のプリーストの中でも会得している者は僅か5名。中にはそれだけでSランクの認定を受けている者も居る。この5本指のなかに大我も入っている。予知能力には個人差があり、大我が見えるのは向こう1週間の大災害級の事象である。その中でも大我は最近、優先順位をつけて行動している。それほどこの近辺での異常が多いのだ。
なぜそうなったのか目星はついている。
「器…か…。」
呟く。赤石 夢。彼女の姿が目に浮かんだ。白髪、碧眼。だが、彼女はハーフでも何でもない。あれは、魔力に取り込まれ過ぎた人間が成る姿だ。そして恐らく、彼女のそれは先天性。彼女の問題が解決次第、このダンジョンの異常も落ち着くだろう。大我にはそれがわかっていた。
もっとも、その過程でどれ程の犠牲が出るかと言う話だが。
必要以上には気にしない。目の前の事象に取り組まねばならないからだ。ダンジョンの奥へと消えていく。
「はあ、こっから1ヶ月…大変だろうな。」
緋色の剣を呼び出し、手に取る。そうして、大我はダンジョン攻略へと乗り込むのだった。
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