第3話

 翌日の話である。夢は今日もギルドへと来ていた。メガネにマスクとキャップ。最低限変装はしている。そして、昨日、話をしたあの受付を探していた。

 案外、目的の人物は手早く見つかる。


「あ、あの…。」


「あれ、あなたは昨日の…メールでも申し上げた通り、大我さんは取材等お断りしているので…。」


「いえ…その『大我』さんについて話を聞きたくて。」


 薫里はあくまでもにこやかに言葉を続ける。


「申し訳ありません。個人情報なのでお話しかねます。」


「やっぱり…そうですよね…。」


 実際、頭の中ではわかっていた話だ。だけど、どうしてもあの時の恩を返したいという気持ちが夢にはあった。


「どうして、そこまで大我さんのことを知りたいんです?」


「はい…昨日も言ったとおりなんですが…私はあの人に1度救われてる…かもしれないんです…その上で、もし仮に助けてくれたあの人なら…今の状況が許せない。」


 あのときのことを振り返って淡々と述べる。


「今の状況?」


「彼…探索者に嫌われてるみたいじゃないですか…それで変な噂が立っている。それが許せないんです。」


「まあ、確かにあること無いこと言われてますね。」


「そうでしょ!?だから─────。」


「でも、大我さんはそれでいいんだと思いますよ。」


「え…。」


「あの人は、根本的になにも気にしていない。なんなら、望んでこの状況を作り上げた。」


「望んで…?」


「大我さんって、結構弱いんですよ。あ、心がね?だから背負い込めるものは全部背負い込むことになる。それで1度潰れ掛けてるんです。だからもう、端からそういうものは御免だって言ってるんです。」


「…そんな…。」


「おかしいですよね。今でもきちんと、やることやってるのに。」


「やること…?」


「人助けですよ。嫌いとか言っておきながら異常が起こるダンジョンを潰して回ってるんです。」


「そんな…ことが…。」


「まあ、私も色々言われてる今の状況に思うところはあります…気持ちがわからないって訳じゃないですから。」


「…その…すごいんですね…思ってた以上に。」


「だからAランクっていうのもあるんでしょうね。大我さんは心意気が立派ですから。」


 知れば知るほどに、申し訳なく思う。あのとき、確かに大我は夢を助けた。だけど、助からなかった。当時は夢もパーティの一員だった。だが、そのパーティは夢を除き全滅。もっと自分が強ければ、あんな悲惨なことにはなってなかった。だと言うのに、大我という力を目の当たりにした途端に感じた恐怖。どこかそれが自責の念を募らせていく。


 不意に、受付…薫里が「あっ」と呟いた。


「噂をすればってやつですね。」


 その言葉に、夢は振り返る。そこには確かに黒衣を纏った探索者がいた。顔は、確かにあのとき自分を助けてくれたあの人である。やはりそうだった。間違ってはいなかった。


「大我さんはガードかたいですからね。」


 薫里は悪戯にそう言う。言葉が、いや、行動さえも詰まる。だけど、話しかけないことにはどうにもならない。大我に近づき、そうして一言。


「あ、あの…!」


「…何です?」


 一泊おいて、大我はそう答えた。


「え、えと…その、私昔あなたに救われたことがあって…。」


「…もしかして、昨日の?」


「は、はい!」


「悪いですけど、そう言うのはちょっと…。」


「そうじゃなくて…謝りたくて。」


「謝る?」


「3年前…私以外のパーティ全滅。特異個体が数体の絶望…あのときにあなたは私のことを救ってくれた。」


「3年前…特異個体…。」


「でも思ってしまった…あなたのことを怖いって…だからその…ごめんなさい!もっとあなたのことを─────。」


「まさかだけど…。」


 言葉を遮るように、大我は話し始めた。


「あの時の…」


「…え?」


「覚えてる。俺はあの時絶望しながらあの場所に向かった。助かるものは居ないだろうと思ってな。事実、生き残ったのはあなただけだった。あの時は自分の力を呪ったよ。」


「そ、それでも私は生きてます!」


「ああ…むしろ、あなただったから生き延びたんだろう。」


「…?」


「悪い。余計なことを言った。」


 そう言うと、大我は受付へと向かう。


「あ、その!」


「まだなにかあるのか?」


 自分には身の丈にあっていない申し出だというのはわかっている。だけど、それでも見てみたい。あの少年の、いやAランク、御剣 大我の実力を。


「よかったらご一緒しても…?」


「…俺の潜る階層、深いぞ?ランクは?」


「Bです…。」


「…いざって時に責任が取れない。やめておいた方がいいぞ。」


 冷たくそう言う大我。わかっていたことだ。


「…ですよね…すみません。」


 そうして、再び大我は受付へと向かう。話してわかったことだが、やはりネットの情報は根も葉もない噂だった。ただ、直接的に助けるというのをしていないだけ。そしてもう一つ、あのときのように大我の目は黒かった。だけどそのなかに確かに、なにか背負っているものを感じた。そして、その信念を貫こうとしているのもわかった。


「強いじゃないですか。大我さんって。」


 ぽつりと呟く。

 せっかくギルドに来たのだ。体を動かしておかないと鈍りそうである。夢も大我に続きダンジョンに潜る手続きをするのだった。

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