第12話「月森はなくさない。」

 カウンターの奥で、月森が一冊の文庫本をめくっていた。


「よっ」


 いつも通り、軽い口調で挨拶をした。


「こんにちは、青空くん」


 月森が顔を上げて、いつも通りの感じで挨拶を返してくれた。



 作業をしていると、何気に時間が経つのが早い。

 貸出処理も終わって、返却棚の整理も済んで、今日はいつもより早めに作業が終わってしまった。

 

 一息、と隣を見ると、月森はさっきの文庫本を読んでいた。

 


 ふと、月森がページをめくるとき、何かが紙の間からちらりとのぞいた。


 小さな、薄いしおり。

 見覚えのある色合いに、なんとなく目が止まった。


「それ……」


 思わず声が出た。


「まだ使ってたんだ?」


 


 月森が視線を上げる。


「うん」


 特に驚いた様子もなく、当たり前のように返された。


 


 それは以前、俺が月森にあげたしおりだった。

 何かのフェアでもらったノベルティで、淡いピンク色に小さな花模様。

 女子向けのキャラか何かが描かれていて、俺には似合わなすぎたから、冗談半分で「いる?」と渡したものだった。


 


 正直、渡したこと自体忘れかけていた。


「よくなくさなかったな、それ」


「なくさないようにしてた」


 月森は、ごく自然にそう言った。


 


「……似合わないって思ってたけど」


「うん。似合わないと思う」


「じゃあ、なんで使ってるんだよ」


「使いやすいから」


 


 なんてことない会話。


 けれど、俺の中には妙に残った。



 しおりは少しだけ角が丸くなっていたけど、折れても破れてもいなかった。


 月森の筆箱や本の扱いが丁寧なのは知っていたけど、それでも――俺が渡したものが、まだちゃんとそこにあることが、少しだけうれしかった。


 


 大切にしてくれていた、という感じではない。


 でも、雑にもされていない。

 丁寧に、気負うこともなく、きちんと使ってくれていた。


 なくしても気づかないような小さなものを、でも、ちゃんとそこに置いてくれていた。


 


「……俺だったら絶対どっかやってるわ」


 ぽつりとつぶやくと、月森が少しだけ笑ったように見えた。

 ――いや、たぶん見間違いだ。




 図書室を出るころには、空が少しだけ色づき始めていた。


 横に並んで歩く月森は、さっきと変わらず無表情。


 でもさっき持っていた本には、あの派手なしおりがきっと入っている。

 ちょっと角が丸くなっているけど、あげたあの時のままのしおりが。


 月森静は、なくさない。

 それが似合うかどうかも、意味があるかどうかも関係なく。


 ただ、そこにあるべきものとして持っていてくれる。



 ⸻それだけで、なぜか少し、うれしかった。

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