第4話「月森は話しかけない。」

 月森は、自分から話しかけてくることが、ほとんどない。


 もちろん、無視するとかそういうんじゃない。話しかければちゃんと返してくれるし、会話も成立する。でも、自分から会話を始めようとはしない。

 だから、俺が喋らなければ、ずっと無言。

 図書室で二人きりでも、月森はただ黙って、本を整理したり、貸出カードを眺めたりしてる。


 ――でも、最近その無言が、あんまり苦じゃなくなってきている。



 今日も、当番の日だった。


 俺がカウンターの内側に入ると、月森はすでにいつもの定位置にいた。静かに、落ち着いて、いつもの通りの無表情で。


「よっ」


「こんにちは、青空くん」


 声も、表情も変わらない。

 けど俺の中では、それがもう“月森らしさ”になっている。


 変に気を使われるより、ずっと居心地がいい。


 前だったら、「話題ふらなきゃ……!」って空回ってたけど、今はもう、無理して喋らなくてもいいんだって思える。


 だから今日も、しばらくは無言のまま、返却本を黙々と整理していた。



 ……だけど。


 それはそれとして、ずっと無言はそれでそれなりに寂しいわけで。


 結局、今日も俺が話しかけることになる。


「なあ月森」


「なに?」


 手は止めずに返事が返ってくる。


「月森ってさ、昼休みとか誰と食べてんの?」


「ひとりのときもあるし、同じ班の子と食べるときもある」


「へえ……意外と普通だな」


「普通じゃないと思ってたの?」


「いや、なんていうか……なんか、図書室の隅っことかでパン食べてそうなイメージ」


「それ、隠者みたいな扱いじゃない」


「……いや、あながち間違ってない気もしてきた」


 ほんの一言だけ、月森の口元がピクリと動いた――ような気がした……いや、気のせいか?


 それでも、なんだか少しだけ空気が和らいだ気がした。



 しばらくして。


 作業中にふと気づいたのは、月森が俺のペンをじっと見ていたことだった。


「どうした? これ?」


「その、ペン……キャラクターついてるね」


「あー、これ? 妹がガチャで出してくれたやつ」


「へえ……なんか、かわいい」


「月森が“かわいい”とか言うと、なんか意外だな」


「わたし、かわいいもの好きだよ」


「え、まじで? そうなんだ。あれか、前に児童書コーナーに“うさぎのもりのピクニック”置いたのも、それ?」


「そう」


「え、それってつまり、けっこう……」


「かわいいものにはやさしくしたい」


「……今の、ちょっといいセリフっぽいな」


「……」


 月森は再び無言になったけど、それは“会話終了”の意味じゃないような気がして。


 俺はペンを触りながら、少しだけにやけた。



 放課後の帰り道。


 今日は結局、いつもより月森と多く会話できた気がする。

 でも、それは全部、俺がふった話題だった。


 やっぱり月森は、自分から話しかけてくることはない。


 けど、それでも――


 月森静は話しかけない。

 でも、ちゃんと聞いてくれる。それだけで、話したくなることもある。


 今日も、ちょっとだけ。

 本当にほんのちょっとだけ――

 

 月森のことが、気になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る