【リライト】死にたがりとプリン
【原作品タイトル】死にたがりとプリン
【原作者】ツクヨミアイ
URL:https://kakuyomu.jp/works/16818622176784197750/episodes/16818622176784336712
【リライト者コメント】
自分なりに塗り替えてみました。少女が何者なのか、青年がどう考えているのかに気を配って、僕なりの解釈を文章に落とし込みました。
――――――――――――――――
漆黒のなか、全てが死んだように静まり返る町。なにひとつとして息づくものが無いように見えるような夜の中、青白い光に照らされた冷たい道を俺は、ふらふらと歩いていた。どこへ向かうでもなく、闇の中の道の果てにある「終わり」にたどり着きたくて。
さっき歩道橋の欄干に手をかけた。上半身を欄干の外に出した。下を見下ろした時、真下の車道から死の引力に引っ張られるような感覚がした。
そのとき風が吹いて、目にゴミが入った。目の中のごみの違和感が気になった。ただそれだけで欄干から離れた。
———気が紛れた。
俺は迷ってばかりの足を少し憎みながら、歩道橋を降りた。そのとき、足元に枯れた花束が転がっているのに気が付いた。もともとここにあったのか、どこかから転んできたのか。どちらにしても縁起が悪い、と愚痴を吐きながら気を紛らわすためだけに近くのコンビニに入った。
店内は蛍光灯の光だけが生きていて、無人のように感じられた。棚をぼんやり眺めていたとき、声がした。
「死にたいの?」
反射的に振り返ると、少女がいた。十歳前後、小さな体。古ぼけたワンピースにサンダル。例えるなら、美術室に飾られた石膏の像のような雰囲気が彼女にはあった。
「……は?」
「だから、死にたいのかって聞いたの。だって、そういう顔してる」
文面の重さとは裏腹に、彼女の声色は柔らかかった。だけど、言葉が届く速度が妙に遅い気がした。人の形をしていながら、もうこの世の者ではないような存在感に押されて俺は言葉を選ぶ余裕を持てなかった。
「……なんだお前」
「お姉ちゃんって呼んでいいよ。年齢的には違うけど、気分的には上だから」
少女は白い歯を見せながら、冷蔵棚に手を伸ばし、プリンを取り出す。
「これ、あなたの命とどっちが重たいと思う?」
「は?」
「このプリン。あなたが死にたがってる理由、これより重たいかなって」
何を言っているのだろう。目の前のちっぽけなプリンが俺の自殺願望に敵うものだとは思えなくて冷たく笑う。
「そんなもん、比べる意味もねえだろ」
「あるよ。だって、死ぬってすごく特別なことなんだから。プリンより軽い理由で死ぬのって、ちょっともったいなくない?」
少女の声は本当に柔らかい。まるで春の暖かな風のように染み込んでくる。青年は溜息をつき、棚からプリンを取り出す。
少女の先ほどの言葉に返す言葉を見つけられない自分に辟易しながらも、自分が鼓動しているのを感じるようになってきた。
「……買えばいいんだな」
「うん。せっかくだし、生きてるうちに一個くらい」
レジには誰もいなかった。なのに、プリンは会計済みになっていた。少女がさっき何か言った気がするけれど、よく覚えていない。
店の前のベンチに座り、スプーンでプリンをすくう。ひんやりと、やさしい甘さが口の中に広がる。その瞬間じわじわと胸に暖かいものがこみ上げてきて、涙がにじんだ。
「……おいしいな」
声に出してみる。その声は妙に自分の心に響いた。
「そうでしょ」
気づけば少女は隣に座っていた。
「わたしもね、死にたかったことがあるの。でもそのとき、プリン食べてさ、ちょっとだけ明日を延ばした」
「そんな簡単に生き延びられたら、誰も死なねえよ」
「じゃあ、あなたはどうなの?」
答えようとして、重ねた涙にのどが詰まる。自分の中の、固く凝り固まったものが少しずつ解けていく感じがする。
「……わかんねえ。けど、今は……ちょっとだけ、まだ食いたい気がする」
少女は満足そうに笑った。
「じゃあ、また明日も食べてみて。味、変わるかもしれないよ。……私も食べたかったな、明日のプリン」
不思議な言葉を放った少女は東の空を見上げると残念そうにため息をつき、歩道に降りる。西の方に歩いて行って、闇の中へと消えていった。
俺は少女の最後の言葉が気になりながらもベンチに座ったまま、空になったプリンのカップを見つめる。そうしているうちにすっかり自殺のことを考えなくなった自分に驚く。
ふと気づくと、そこには小さな紙切れが挟まっていた。
――『ありがとう』
黒いインクの走り書き。
東の空を見上げる。生命を届ける陽光で空が染められていき、暖かい風が吹く。息を吸い込むと、身体が少しだけ軽くなった。
蘇芳色に暖められた道を、しっかりとした足取りで進む。
【自主企画参加用】みんなでリライトしよう用 観測者エルネード @kansokusya
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