19
「おーい!ここ、ここ!」
久しぶりの文字ではない声に、彼の心は少し弾んだ。
待ち合わせ場所である祭り会場の入り口前で女性は、白地に青い花が描かれた浴衣を着ていた。
青い花とお揃いの色の帯を結び、足下は歩きやすさを重視したのかサンダルを履いている。
いつもの大きなリュックサックも今日は、少し小さめの和風なトートバッグになっていた。
「どうだ!少し若作りしてみたよ!」
ふふんと得意げに胸を張る女性にはいはいと返事をすると、彼は入り口前にいる祭りの案内係から白い狐の面を受け取った。
祭りの会場にいる間は必ず持っていなければいけないお面。
女性も頭の左側につけている。
「だーかーらー、もう少しのってよ!」
不服そうに地団駄を踏む女性に彼は行きますよと言葉をかけた。
お面を頭の右側につけ、女性を促すように祭りの入り口をくぐる。
一瞬、空気が揺れた気がするのは人混みのせいだろう。
「君、さっきから無視してない?」
「無視してませんし、いつまでも入り口に立っていたら他の人に迷惑でしょう」
涼しい顔でそう答えれば、女性は確かにそうかと腕組みをしてぶつぶつと呟いている。
その姿が年上に見えなくて、彼は思わず吹き出してしまった。
「何だ!?何がそんなにおかしいんだ!」
両手を振り上げ、レッサーパンダの威嚇のようなポーズをとる女性に何でもありませんと答えると、彼は屋台を指さした。
「そんなことより、早く食べましょう。お腹空きました」
たこ焼き、焼きそば、リンゴ飴、最近流行のよく知らないジュース・・・。
きらきらとした照明と浮かれた声。
泣き声、喧嘩の声、笑い声に怒鳴り声、驚いた声に嬉しげな声。
全ての声が混ざり、祭りのBGMとしてそれは流れ、響き、雰囲気を創り上げる。
その中で、彼と女性は焼きそばを食べ、射的に挑戦し撃沈し、唐揚げを頬張り、ジュースで喉を潤した。
まだまだ祭りの時間は続いていく。
「次はあれをしよう!」
「駄目ですよ。うちは金魚飼えないんで」
「確かに。私も飼えない。ならば、あれにしよう」
「射的の次は輪投げですか」
勝負だと意気込む女性と対戦し、二人ともひとつも入れることが出来なかったことに笑い、彼は空を見上げた。
空には満天の星空が広がっている。
「そろそろ時間だねぇ」
この祭りのメインイベント。
こちらの祭りと川を挟んだ向かいの町の祭りの照明を全て落とし、星空を眺める時間。
その時間だけ、川にも星が映り、まるで星が流れ落ちたような風景が見える。
彼と女性は川へと近づいた。
既に大勢の人が集まっている川辺の隙間に体を押し込み、星空を見上げる。
かちり
静かに時間が流れていくように照明がひとつ又ひとつと消えていった。
暗闇が広がるのとは正反対に光り輝く星空が、川に落ちたかのように光り輝く。
上からも下からも輝くそれは宝石のようで、蛍のようで彼は思わず息をのんだ。
この美しさを表現する言葉を彼は知らない。
彼の隣で女性は静かに微笑みを浮かべ、その光景を幸せそうに見つめていた。
やがて、現実に引き戻すように照明がひとつ又ひとつと点灯していく。
「さぁ、そろそろ帰ろうか」
白い狐のお面を頭から外し、女性は微笑んだ。
その光景を彼は何故か忘れないだろうと思った。
祭り会場の入り口でお面を返却し、二人はたわいもない会話を続け、いつもの別れ道で向き合った。
「楽しかったかい?」
「誰かさんが年上と思えないほどはしゃいでいたので笑わせてもらいました」
「君は本当に素直じゃないなー。ま、思春期とはそういうものだしね」
女性はくすくすと笑うと、それじゃあねと手を振り、背を向けた。
「それじゃ、おやすみなさい」
彼も背を向け、歩き出す。
「楽しんでもらえてよかったよ」
歩きながら、女性は小さく呟いた。
その瞳には優しさと温かさが確かに滲んでいた。
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