15

彼が家に帰ると、母親が夕食の準備をしているところだった。

「おかえり」

母親は彼を見て、少し驚いたような表情をした。

「何?」

彼が不思議そうに尋ねると、母親は何でもないと首を横に振った。

手際よく夕食のおかずを机に並べると、母親はエプロンを外した。

「ちょっとおじいちゃんの家、行ってくるね」

「なんかあったの?」

「段差で転んで骨折して入院だって。今日はもう面会時間過ぎてるから着替えとか用意して明日、持って行こうと思って」

そうなんだと彼は椅子に座った。

祖父のことは好きだが、最近は全く会っていなかった。

絵を手放しで一番に喜んでくれていた祖父に合わせる顔がなんとなくなかった。

「ご飯も先に食べてていいから。じゃあ、行ってくるね」

「行ってらっしゃい」

ぱたぱたと足早に家を出て行く母親に声をかけ、彼は一人、台所でスマートフォンを操作する。

炊飯器を見れば、まだ炊き終わっていないようだった。

特にすることもなく、勉強を始めるには時間が中途半端だと彼は思った。

「・・・はぁ」

今日、一日の光景を思い出し、彼は無意識に息を吐いた。

全ての世界が輝いていた時間。

今ではすっかり色あせてしまっている。

しかし、目を閉じれば水族館での出来事もカフェでの出来事も鮮やかに思い出せてしまう。

「楽しかったな」

無意識にそう呟いた。

息ができて楽しくてきらきらと世界が輝いていて。

『ピー』

楽しいことを思い出していると時間が経つのも早いらしい。

炊飯器が終了の合図を無機質に鳴らした。

彼はゆっくりと立ち上がった。

自身の茶碗を食器棚から取り出し、しゃもじで軽く炊きたてのご飯を混ぜてよそう。

今日のおかずも彼が好物のものだった。

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