10
約束当日、思っていたよりも楽しみにしていたらしく、予定した時間よりも随分と早く起き、彼自身もスマートフォンの時計を確認して驚いた。
二度寝するには時間が足りない。
布団から抜け出し、適当に服を選び着替える。
顔を洗いに一階に下りれば、台所で朝ご飯を作っていた母親が珍しいと呟いた。
「朝ご飯いる?」
「牛乳だけもらう」
そう、母親は短く返事をすると慣れた手つきで片手鍋に牛乳を入れた。
彼は冷たい飲み物をあまり好まない。
その為か、母親はいつもホットミルクを用意する。
電子レンジがあるし、彼でもそれくらいできるので一度、自分でやると申し出たのだが母親は作ることを止めようとはしなかった。
顔を洗い、髪の寝癖をそこそこに整える。
キッチンに向かえば丁度良い温度のホットミルクが机の上に置かれており、母親は姿を消していた。
音の方向からして掃除をしに二階に上がったのだろう。
時間を確認し、そろそろ出る時間だとコップを洗い、出かける準備を始める。
荷物は部屋から出るときに一緒に持ってきているため、戻る必要もない。
掃除機の音を聞きながら、彼は玄関を出た。
今日はよく晴れていた。
青空の下、少し眩しい日差しに目を細めて駅まで歩いてく。
どことなく足取りが軽いのは浮かれているからだろうか。
それとも本当に楽しみなのだろうか。
電車に乗り、目的地の駅に着くまで彼の心はずっとそわそわしていた。
彼は前回と同じく十分前に待ち合わせ場所の水族館入り口前に到着した。
きょろきょろと周りを見れば、女性はそこにいた。
彼を見つければにこやかに元気に何故か得意げに既に買ってあるチケットを差し出した。
「さあ!若者よ!水の中へ飛び込もうぞ!」
「それは一人でしてください」
「のりが悪い!」
メッセージと同じようなやり取りをしつつ、彼と女性は並んで水族館の中へと入っていく。
チケット代を払うと彼が言えば、女性はえーっと心底嫌そうな顔をした。
「年下からお金取るのはちょっと・・・」
「このままじゃ○○活みたいになりますよ?」
「・・・犯罪者になってしまう」
女性は腕を組み、うーんと頭を悩ませるとそれならと目を光らせた。
「水の中の冒険の後、コーヒーでもおごって貰おうじゃないか!」
金額が釣り合わないが、かなり妥協したみたいな表情を女性がするので彼はしぶしぶ了承した。
前回のボウリング代もなんだかんだ女性が全て支払っている。
彼はそれが子供扱いされているようで少し複雑だった。
実際、法律でも女性の中の定義でも子供の部類に入るのは分かっているのだが、思春期特有の大人びた感情がそれを理解していても納得ができない。
彼の表情に全て書かれているのか、女性はくすくすと面白そうに笑った。
「まあまあ少年よ!親の金で生活しているうちは偉そうにするもんでもないよ」
さあ!水の中へ行こうではないか!
彼の肩を掴み、前進する女性。
押されている彼はバランスを崩しながらも、なんとかこけずに女性のペースに合わせて歩き出した。
ガラスで出来た入り口は暗闇に青色の光を反射して、二人を迎えるために音もなくゆっくりと開いた。
しっとりとした空気が頬を撫でたとき、彼は無意識に深呼吸をした。
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