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奇妙なことが起きた。
いつもは有名大学の特色をBGMとして聞かせてきた母親が、その日はどこかも分からない大学の特色を読み上げ始めたのだ。
ご飯のおかずもいつもより彼が好きな物が多い気がする。
何かあったのだろうかと思いながら、いつも通り彼はご飯を食べ、お風呂に入り、自身の部屋へと戻っていった。
ペンを取り、今日、教わった数学の公式を復習する。
英語と科学は予習。
のろのろとペンを動かしていると彼のスマートフォンがメッセージを受信した。
『やっほー!そろそろ待ち合わせ時間決めるよー!』
相手を確認しなくても、このテンションでメッセージを送ってくる相手は女性しかいない。
『相変わらず元気ですね』
『元気じゃなきゃやってられないでしょ!』
『で、何時にします?』
『もうちょっとのってよ!!』
くだらないやりとりを混ぜながら、待ち合わせ場所と時間を決めていく。
それだけで彼の息苦しさは少しだけ楽になる。
今なら描けるかもしれない。
そう思い、鞄からノートを取り出し、開く。
ペンを持ち替え、紙に置いてみる。
しかし、その先から進むことができない。
少しだけひかれた線を消すこともなく、彼はノートを鞄にしまった。
無意識に手に力が入り、手のひらに爪が食い込んでいく。
息苦しさが暗闇が心にどろどろと流れ込んでいく。
そのとき、スマートフォンがメッセージの受信を告げた。
酸素が欲しい。
彼は無意識に深呼吸をした。
『水の中はね、きらきらしてて呼吸できるーってなるんだよ!楽しみだね!』
偶然のようなメッセージに彼は少し息が止まった。
次の瞬間には呼吸が戻り、暗闇も心のどろどろも消えていく。
『心でも読んでんですか?』
『えっ?何!私、もしかして天才的なことした!?』
『もういいです。おやすみなさい』
『もうちょっとのってってば!おやすみー!!』
スマートフォンを机に置き、彼は小さくありがとうと呟くと再び勉強へと戻っていった。
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