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この世はつまらない。
齢十七歳にして思うことではないのかもしれない。
しかし、この年代の世界は箱庭の中だけであり、これより更に世界は広いと知っていても目の前の現実が大きすぎて目を向ける暇もない。
ホームルームも終わり、家に帰る為にだらだらと歩く。
電車に乗り、疲れ切った顔をしている社会人の顔を窓越しに見つめながら彼は鞄を開けた。
取り出したのは一枚の紙。
古びて黄ばんでいるそれは綺麗に折りたたまれ、何回も開いては折りたたみを繰り返しているからか筋が濃くなり、少しひしゃげていた。
彼はそっと破けないようにその紙を開くといつものように中の文章を読んだ。
空見上げ
暗き帳に星光り
流れ願うその先に
彼方の夢に思い馳せ
祈るは君の幸せと
五歳の頃、知らない女性から貰った一枚の紙。
当時は文字が漢字が読めなかったそれは、今ではちゃんと読めるようになった。
読めるようになった今でも、この文章の意味はさっぱり分からないと彼は思う。
誰が何故、これを彼に渡したのかは覚えていない。
しかし、当時の彼には宝物だった。
誰にも見つからないように大事に大事にお守りのように持ち続け、今では習慣で持ち歩くようになっていた。
何か憂鬱な時、苦しい時、無意識に取り出し文章を読む。
意味は分からないがそれだけで少し心が救われているような気がするのだ。
深く深呼吸をし、彼は紙を大事に鞄にしまった。
そのとき、鞄に入れっぱなしにしているノートが目に入った。
取りだそうと手を伸ばし、触れる寸前で止まり、取りだそうとするのを止める。
もう何百回と繰り返したその動作に彼は思わず苦笑した。
息苦しい。
その感情が彼の瞳から光りを奪い、笑顔を乾いたものへと変えていく。
自宅の最寄り駅の名前がアナウンスされた。
身体が覚えているかのように意識することなく電車を降りると、彼は家ではなく川へと向かった。
なんとなく、家に帰りたくないと何度目か分からないため息を吐いた。
オレンジ色の陽の光がピンクと紫のグラデーションに浸食されていく光景を見ながら、彼は川辺に腰を下ろした。
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