第16話 森と岩の守り人

「はっ…はっ!!揺れが収まってる…!ここまでくれば」

かおるは荒い息を整えた。

揺れは収まり、地割れも追ってきてはいないようだ。


「めちゃくちゃに走ってきちゃったけど、ここどこだろう」

凪も息を整えながら辺りを見回す。


あたりは森が広がり方向も分からない。

森の道はうねりながらも続いている。


ふと前を見ると、かおる達から100メートルほど離れた所に、何かがうずくまっていた。


「ねぇ…なんか前にいない…?」


美羽がおそるおそるうずくまっている何かを指差す。

みんながよく見ると、プルプルとそれは震えていた。


「女の子…?!」


それは、おかっぱの白髪に、黒いローブを身にまとった女の子だった。


「大丈夫かなっ?」


駆け寄ろうとした翔花の肩を、ぐっとかおるが掴んで引き留める。


「待て翔花!こんなところに私ら以外の人がいるなんておかしい!」

「そうだよ!またあいつらの仲間かも」

凪もかおるの言葉に頷く。

「そっ、そっか…!どうする?」


4人が遠巻きに白髪の女の子を見ていると、その女の子は泣きながら喚いていた。


「もぉお〜!!ペリートぉ〜!いきなりやりすぎですよぅ〜!」

訴える白髪の少女に、かおる達は不審そうに少し近づく。

かおるが、意を決したような表情をし、声をかけた。


「君は誰だ!!」


少女はハッと顔を上げ、涙を溜めた瞳で4人を見ると、よろよろと立ち上がり、震える声で言った。


「こ、こんにちは…あの、ごめんなさい…あの、あの…」

か細い声で言った白髪の少女は、下を向いた。


「ちゃんと、やらないと…怒られちゃうので…」


突然、少女は自身よりも背丈のある、丸いグレーの水晶が付いた杖をどこからともなく取り出した。


「…!!杖!?」

「やっぱりあいつも…!」

4人の表情がこわばり、逃げる体勢をとるように、後へと身を引いた。


白髪の少女の持つ杖が怪しく光り、禍々しい光が空へと広がる。


空から、隕石のような禍々しい星のようなものがいくつも現れ、白髪の少女の背後に従うように浮遊する。


「ひっ…!!」

美羽が身を強張らせる。


下を向いていた白髪の少女の目線が、ゆっくりと4人へ向けられる。

瞳からは陰鬱いんうつとした表情が読み取れる。

瞳に涙はない。


暗い声で少女は言い放った。


「死んでもらえませんか?」



―――


未桜たちは地割れから必死に逃げていた。

段々と道に傾斜がつき、木々が少なくなっていく。


「ね!これ崖に向かってね!?」

未桜が灯に向かって走りながら言う。


「仕方ないわ!後ろから地割れが迫ってきてるんだもの!」


焦りながら後ろを確認する灯。ヘビのような地割れがじわじわと、しかし確実に未桜達4人へ迫っている。


「あかん!追いつかれる…!」

優が叫んだ瞬間、


バッと視界が開けた。


目の前には木々はなく、開けた大地、しかし、小さく見える都市が眼下にあった。

未桜達は崖の上へと登ってしまっていた。


ビキビキビキッッッ!!という音共に、地割れが迫ってきた。


次の瞬間、迫ってきた地割れが盛り上がっていき、

割れた地面から、岩でできたような巨大なヘビが、大きい口を開けながら、鎌首をもたげた。


シャアアアアーーー!!!!


「はあっ!!?」

「へっヘビ!!?」


後には崖、前には岩でできたヘビ。


4人は挟まれてしまった。



「みんな、気をつけて後へ下がって!!!」


未桜が叫んだ。未桜は前へと飛び出し、目をつむる。

心のなかの炎を感じるように、右手を胸に当てた。


「未桜!!!」

灯が叫んだ。


岩ヘビが、目をつむる未桜へ向け、その凶暴な口で噛みつこうとしていた。


シャアァアーー!


未桜の頭に牙が当たる瞬間。

炎が未桜を包んだ。


ガキンッ!!!

手の中に現れた大剣が牙を抑える。


「あっぶなーー!!!またできたわ!良かった!」


赤髪の騎士へとまた姿を変えた未桜が、大剣を構えながら、ニッと笑った。


グンッ!大剣を振るい、岩へビの口を押し返すと、そのまま岩ヘビの目に向けて一閃、大剣を振るう。


!!!シャアァアー!!

目を切りつけられた岩ヘビがのたうち回った。

炎をまとった剣で、斬りつける。


ガンッ!!!

鈍い音とともに、未桜の大剣が跳ね返された。


「かっった…!!!?」

未桜は手がしびれた様子で、着地し手をブンブン振った。


「目は効いたけど…身体は岩なんや…!」

優が震えながらも未桜の戦いを見ている。


「あんな巨大な岩のヘビ…どうしたら…」

灯もなにか策はないか必死に考えを巡らせているようだった。


「あ〜〜〜あ、かわいそ〜に」


突然、身に覚えのない声が聞こえた。


全員がその方向へ弾かれたように顔を向ける。


崖の入り口、木々の切れ目から、ぬっと人影が出てきた。


「まったく…すばしっこいし、あたしのヘビになんてことすんのさぁ…はぁ、めんどくさ…」


緩慢かんまんな動きで出てきたのは、無造作に伸ばされたオレンジ色のショートヘアの女性。

背中が丸まっており、背丈は分からない。


ジトッとした目で3人を睨み、そして、目線をのたうち回っている岩ヘビと、赤髪の未桜へ向ける。


「ふぅん…。シトリンが言ってた1人はきみかぁ…他はまだってことね…ふわぁ…めんどくさいけど」


ゆらっとオレンジ髪の女性は背中に手を回し、そしてゆっくりとまた手を前に戻した。


「!!!」

全員の目が見開かれる。


オレンジ髪の女性の手には、巨大な斧が握られていた。


「怒られる方がめんどいし…少しがんばりますかぁ…」


ゆらりと気だるげな、しかし殺気を帯びた目が崖のふちにいる3人へと注がれた。



―――


「うわぁぁあーー!!」

「やだやだやだーー!!」


かおる達4人は必死に走っていた。

背後では、禍々しい光を帯びた隕石のような塊が、空を裂く轟音と共に絶え間なく降ってくる。

着弾と同時に爆ぜ、木々を一瞬で炎に包み、ちり一つ残さず消し去っていく。


「あんなの、少しでも当たったら…!」

凪が振り返った瞬間、頬をかすめる熱風に顔を真っ青にする。


「ってかあの女の子浮いてる!!お化けみたいで怖い!!!」

翔花は涙をあふれさせながら、声を裏返らせた。


「ごめんなさい…ごめんなさい…」


 追いすがる白髪の少女は、足元に影も落とさず宙に浮き、怯えるように、しかし確かに狙いを定め、杖から次々と魔法を放つ。

 その瞳には感情の色が薄く、ただ責務のようなものだけが宿っていた。


「こんなの…どうしたら…!」

 かおるは歯を食いしばり、周囲を必死に見渡す。

 ――その時。


「あっ!!!」

美羽が叫び、足を止めた。


目の前には、切り立った岩壁。逃げ場はない。


「行き止まり…!?うそでしょ…っ!!」


美羽の声は悲鳴のようにかすれた。


反対側には白髪の少女と禍々しい星の群れ――完全な袋小路だった。


「万事休す……でしょうか…ちゃんと追い詰められましたね…」

少女が小さく呟き、口元に薄く笑みを浮かべる。



かおるは3人を背後へ押しやり、両手を広げた。

靴底が砂利を踏みしめ、金属音が微かに響く。


「君たちの目的はなんだ…!!なんでこんなに私らを攻撃してくる!!」


少女は困ったように首を傾げ、唇からかすかな声を漏らす。

「……なので…」


「なんだ!?」

かおるの声は岩壁に反響し、鋭く響いた。


「…必要なので…うちらには…」

意味を伏せたまま、少女は杖を高く掲げる。

これ以上何も語る気はないようだった。


「やばいやばい!!くる!!」

翔花と美羽が抱き合い、目をぎゅっと閉じる。


「かおる!!だめだよ!」

凪が制服の裾を掴み、必死に引き止めた。


「こんな…!訳のわからない理由で…!」


その瞬間、かおるの視界が揺れた。


掴まれた制服の裾、こんなことが前にもあったような感覚に襲われた。

 

胸の奥で心臓がドクンと脈打ち、耳鳴りが世界を覆う。


 ――人々の悲鳴。崩れ落ちる建物の轟音。

 ――落ちてくる瓦礫と舞い上がる土埃。

 ――都市を焼き尽くす大量の破壊魔法。

 ――泣き叫ぶ住民と、逃げ惑う動物たち。

 ――焦げた森と畑、焼け落ちる食卓の作物の匂い…。

――泣き叫ぶ住民、その前に立つ一人の女騎士。

すがるようにその騎士に手を伸ばし、鎧の端を掴んで懇願する妙齢の女性。


―その女性の手を安心させるように握ったあと、女騎士は毅然と前を向く。

オレンジ髪の端正なショートカット、巨大な斧を構え、背後の人々を守るため岩の防壁を展開する姿。


かおるは瞳を見開き、呟いた。


「…そうか。君が、私か。」

 



「さぁ…覚悟してください…」

 

一瞬、杖を振るのをためらったかのようにみえた白髪の少女が、口元を固く結び、杖を振り下ろした。

空が裂け、無数の禍々しい星が落ちてくる――。


「かおる!!!」

凪の叫びが響く。


かおるは瞳を上げた。

その色が、黒から太陽のようなオレンジへと変わっていく。


「そんな魔法…!防いでみせる!!!」


ドンッ!!


足元から衝撃が走り、地面が盛り上がる。

4人の周囲を厚い岩壁が一瞬で取り囲み、灼熱の衝撃波を防ぎ切った。

そして次の瞬間、白髪の少女の魔法が跳ね返り、彼女自身へと襲いかかる。


「うわっ!!」

少女は体勢を崩し、地面へと落ちる。魔力の集中が途切れ、禍々しい星が音もなく消え去った。


岩壁が崩れ落ち、砂煙の中から立ち上がるかおるの姿。

 

太陽のようなオレンジの髪と瞳。金色の無骨な鎧。亀と蔓の紋章が刻まれた小手。重量感ある腰当てとブーツ。そして手には巨大な斧。


彼女は白髪の少女を真っすぐに見据え、低く力強く告げた。


「仲間を傷つけるなら容赦しない…!さあ――ここからだ」

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