第15話 穏やかな森と分断された仲間

8人が屋敷の一室で明日の作戦を話していたその頃。



――島のどこか。太陽も届かぬような、冷たい気配が残る空間にカツン、カツン、と足音が響く。


「たっだいまぁ〜!」


甲高く明るい声が静寂を切り裂く。

現れたのは金髪ツインテールの少女、シトリン。


軽快にステップを踏みながら、ひらひらと手を振って中へ入っていく。


後ろからは赤紫髪の長い髪を揺らし、何にも興味のなさそうな眼差しのジストがついてくる。

彼女はため息ひとつつき、疲れた様子で壁にもたれた。


奥の暗闇から、重みのある声が響く。


「遅かったな。……収穫は?」


その声は堂々たる威風を持っていた。

まるで誰も逆らえない“女王”のような存在感。


シトリンはくるりとターンして、その声の主に向き直ると、大げさに肩をすくめて答えた。


「とりあえず1人だけ~!ほんっとにグズだよ!せっかくジストがスレイズ達だしてくれたのにねぇ?」


そう言って、すぐそばのジストを振り返る。

ジストは右手で髪をきながら、つまらなそうに呟いた。


「そこまで期待してなかったから、上々なんじゃないかしら…」


その言葉を遮るように、シトリンの右手側から鋭い声が飛ぶ


「はぁっ!?まだ1人だけ!?あんたら、ちゃんとやってきたわけ?」

シトリン達を責め立てる、軽蔑を含んだ声音。


続けて――


ガンッ!!


何かを蹴り飛ばすような重い音と共に、苛立った声が轟く。


「グダグダやってんじゃねぇぞ。こっちはとっくに待ちくたびれてんだ」

苛立ちを隠そうともしない、荒々しい声。


わずかに差し込んだ微かな光に、鋭く光る深緑の瞳が浮かび上がる。

その目が、挑発するようにシトリンを睨んでいた。


帰還したシトリンとジストを5人の影が囲むようにまばらに見え、更にもう1段高くなった壇上だんじょうに足を組んで7人を見下ろしている影があった。


シトリンは挑発し返すように顔を歪め、舌を出し、不満げに肩をすくめた。


「はー、マリンもラルドもうるっっさいなぁ。

ちゃんと成果出してきたんだから文句言わないでよ。あいつらと遊ぶの我慢して帰ってきてあ・げ・たのに?あのままの全員をやっつけてきちゃっても良かったのかなぁ〜?」


シトリンの言葉に、責め立てるような声の主、青髪の少女マリンは、痛いところを突かれたように、ハッ!と嘲笑して腕を組んで黙り込んだ。


「チッ…!」

壁にもたれて片足を壁につけた、今にも斬りかかってきそうな深緑髪の女性ラルドは、舌打ちをして眉間のしわを深める。


その場の空気がまた冷たく変わる。


次に響いたのは、氷を這うような冷ややかな声。

壇上のすぐ近くに立っているようだった。


「今彼女らは、サラマンダーにいるんでしょう?次は……ノームかしらね?フフッ…ルビー?どうするの?」

冷笑とともに、うっすらとした光を反射している水色の長髪の女性が、陰りながらも目を細めているのがわかる。


指示を仰がれた壇上の人物は悠然と、しかし威圧感をもって全員の顔を眺めた。


7人の視線が集まる。


「なら――ペリート、お前が行け」


堂々たる声が、静かに指名した。


その声に、壁際でぐだっと座っていた、無造作に伸びたオレンジ髪のショートカットの女性が顔を上げた。

名を呼ばれたペリートは、だるそうにあくびをしながら呟く。


「あたしぃ〜? めんどくさ……」


すかさず、シトリンが鼻を鳴らす。


「超不安なんですけど」


場にピリついた空気が流れたその瞬間、再び支配的な声色が響く。


「パール、お前もだ」


びくぅっと肩を跳ね上げ、全員の視線から隠れるように縮こまって座っていた、白いおかっぱ頭の少女――パールが目を見開く。


「へぇっ!? うちもですかぁ……?」


震える声で返す彼女に、指令を下した声の主は何も言わない。ただ、ジッと見ていた。

その圧に、パールはしゅんと肩を落とし、渋々返事をする。


「もぉ……ルビーが言うなら仕方ないですよねぇ……ペリート、行きますよぉ」


ペリートは伸びをしながら「しゃーないなー」とぼやいた。


そんな2人を見下ろしながら、壇上に鎮座している、赤髪の女性、ルビーはわずかに口角を上げる。


「とことん、追い詰めてこい――」


冷酷で支配的な笑みが、暗闇の奥で静かに浮かび上がっていた。



―――



朝陽が昇り、鉱山都市の無骨な岩肌を照らす。

起きたばかりの8人は朝日に照らされた都市を眩しく見つめていた。


「さあ、次の目的地へ行くよ」

未桜がスマホに保存した地図を見ながら向かう方向を指差す。


8人は鉱山の荒々しい風景を横目に、地図の「ライオンと炎」、「亀と蔓」交互矢印の紋章がある関所を目指し、歩き出した。


ライオンと炎の紋章がある関所は、都市の外れにあった。未桜達がここへきた関所とは、ちょうど反対側だ。


「造りは全部一緒のようね」

灯は関所を見渡す。


「魔法陣も一緒…やな」

霞がまた地面に掘られてる魔法陣を見つめる。


「さ、いくよ!」

未桜の合図とともに、8人全員魔法陣の上へ乗った。


魔法陣が白く光り、全員の視界を奪った。



―――



「いやぁ〜やっぱあのグワングワン苦手やわ〜」

優が関所の魔法陣の壇上からゆっくり降り、胸をさする。


「ジェットコースターなんかより、グラグラするよね〜!誰だよこんな造りにした人ー!」

翔花もうぇ〜と舌を出している。


「でも、予想通りだったね。無事着いたようだよ」

かおるが関所の紋章を見上げる。亀と蔓の紋章が刻んであった。


関所を出ると、そこは豊かな自然が広がっていた。


崖と森に囲まれ、地面には土が広がり、穏やかな風が吹いている。

かつての農具や田畑の跡が、耕す主を失い、静かに広がっていた。


「うはー!さっきの所とはまるで違うじゃん!」

未桜が目を丸くした。


「農具や、畑もあるわね。崖や森に囲まれてて、農業が盛んだったのかしら」

灯は周りを見回しながら、観察しているようだ。


「空気がおいしーーい!」

美羽が深呼吸して空気を目一杯吸い込む。


かおるは光景に立ち止まり、一瞬瞳が揺らめいた。深呼吸をしてから一拍、


「……そうか、ここか」

ぽつりと呟いた。


全員が振り返る。


「え、なに?」

凪が訊ねると、かおるは少し迷いながらも口を開いた。


「紋章を見た時から強い既視感があって……。でも確信がなかったから、言わなかったんだ。でも、ここに来てみたら気の所為じゃなかった。…未桜のことを考えると、ここには私の何かが関係している気がする」


灯が頷いた。

「なら、早速探索を始めましょう」


「どこからいくー?やっぱり街?あ、都市だっけ?」

翔花が遠くへ見えている、かつてはのどかであったであろう都市を指差す。

遠くからでも、荒廃しているのがわかる。


「そうだね。崖は危なそうだから、とりあえず後回し!そっち行ってみよ!!いい?かおる?」

未桜がかおるを見る。

「ああ、私も行ってみたい」

かおるが少し緊張したような顔で答えた。



―――


足を踏み入れた都市は、破壊尽くされたように荒れていた。

屋根が崩れ落ちている家。

収穫した作物を入れていたような頑丈そうな蔵は、空から何かが落ちてきたのかのように屋根が貫通されている。


「なにこれ…大きい岩とか崖から落ちてきたりしたのかな…」

凪が崖のほうを不安そうに見る。


「土砂崩れとか?ありえるけど…こんな頑丈な屋根を突き抜けてるし、ちょっと違う気もするわね…」

灯が貫通された蔵をのぞく。


「かおる。どうー?」

美羽がかおるを見る。

難しそうな顔をしていたかおるは、首を振る。


「なんとなく、懐かしいって気持ちは、今までのどこよりも感じるけど…特に何か分かる感じではないかな」


「そっかぁ…。あっちの都市から入れそうな森とかも行ってみん?」

優が指をさす方向には、ボロボロになっているが、真ん中に何かが書かれた看板がかかっている木のアーチがあった。


奥には森が広がっている。


8人は、アーチをくぐり森へと足を踏み入れた。


太陽の光が差し込み、木の葉の裏を透かしてキラキラとしている。木の陰が涼しさを作っていて、心地よい空間だった。


「気持ちいい〜!お昼寝したいねぇ〜!!」

翔花が両手を広げて伸びをする。

「そんな場合ちゃうやろ。気持ちは分かるけど」

霞も珍しく翔花に同意した。


「きっと都市で森を管理してたのね。動物もたくさんいたんでしょうね、綺麗な森…」

灯も微笑んで空気を堪能していた。


森の空気に一瞬全員が和んだ時。



ゴゴゴゴゴ………!!!!!



「な、なにこの音…!!?」

「へっ?地震…!?」


美羽と凪が慌てて周りを見回す。

地響きがあたりの空気を震わせる。

全員の顔が強張った。

「これって…」

「大きい…!」

かおると灯が焦った表情で、腰を低くした。


ドンッ!!!!

地面が大きく揺れた。


「うわぁ!!!」

「きゃあ!!」

「ひっ!!!」

「ちょっ…あれ!!」


一気に地面が大きく揺れ、全員が叫んだ。

優がぎゅっと目をつぶって霞に抱きつく。

翔花が目を見開いて、地面を指差した。


ビキビキビキビキビキビキッ!!!


地響きと大きな揺れと共に、地面が割れ裂けていく。

土埃が舞い、割れた地面が巨大なヘビのように8人へ迫ってきた。


美羽が震えた声でおののき、凪の袖を掴んだ。揺れに足元がおぼつかない。

「ちょっとちょっと…!!ヤバいんじゃないのこれ…!」


「避けて!!」

未桜が叫んだ。

ものすごいスピードで迫ってくる地割れに、慌てて全員、よろけながらも必死で道から茂る木々の方へと走る。


ビキビキビキッッッ!!!


地割れは8人がいた位置の中央へ伸び、広く地面が割れ、段差と隙間を作る。

それは飛び越えられないほどの断絶。


「みんな!大丈夫!?」

凪が叫んで安全を確認する。


凪の近くには、かおる、美羽、翔花がいた。

皆揺れ続けている地面に、それぞれしゃがみ込んだり、うわわわ!と震えながらも木を掴んだりして耐えていた。


「こっちは大丈夫そうだ。未桜!!そっちは大丈夫か!」

かおるが声をあげる。

断絶された向こうから、未桜の声が聞こえた。


「大丈夫ーー!!こっち4人いる!!そっちは!?」

「こっちも4人だ!!…くそ、これじゃ合流は無理だな…未桜!とりあえずこの揺れが収まるまで、ここで…!」


かおるが伝えようとした時、


ドンッ!!! ドンッ!!

ビキビキビキビキビキビキ!!!!


また強い揺れが起き、地割れが意思を持っているかのように、かおる達へと向かってくる。


「な…!!だめだ!逃げよう!!」


「うわぁ!!なんやこっちくる!!」

「危ない!走って!!」

断絶された、未桜達の方からも悲鳴が聞こえた。


「一旦逃げましょう!安全なところまで!合流は都市で!」

灯の叫ぶ声がした。


「行こう!!」

かおる達4人は、迫る地割れから逃げるため、走ってその場を離れた。

翔花と美羽が怒り混じりに叫んだ。


「マジで意味わかんないこの島っっ!!!」

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