【重要】コール・ハイドランジア本編2
「では、外で待っている」
エコーは席を立って、きびすを返すと、後方の出口へ歩いていく。
「あららら⋯⋯」
エコーの姿が小さくなって、カランと入り口のベルを鳴らして、木のドアから出ていってしまった。
「ほんとうに堅物だなあ⋯⋯」
ーーべつに会話くらいはしてもよかったんだけど、
とはいえ、しかめっ面でいられてもたいしておもしろくもないのは事実だった。
エコーの様子はコールには慣れたことだったから、のんびり、給油時間を待つことにした。今はだれかと話してもよい気分だったが、話し相手がいなければいないで、それはそれでわるくはない時間だ。
ーーあしたも8時にはティートを預けて、一日、仕事だなあ。
子どもは成長していくが、毎日の仕事は慣れてさえしまえば、そうたいして変わるわけではない。一度、自分のペースができると、その範囲でこなせばいいから、車の渋滞やその日の荷物の多寡(たか)はあれど、自身の致命的な欠損や崩壊が起こるわけではない。その点で、かれは無感動になっている自分を感じた。これまでがあまりにも悲惨すぎて大変な日々だったから、そこから離れた世界に対して、そんなに苦労だとは思わなくなったのだ。
大変なことを経験してしまうと、その他のできごとはそう大きな問題ではない気がする。
かといって、災厄がくり返されることをかれは望まない。
今こそが、かつて、かれが望んだ時代だったから。
目下の困りごとは、たまに、迎えの時間に遅れてしまって、ティートが泣くことだ。
ティートは急に風邪をひいて寝こむこともあるし、おなかをこわすこともある。ティートが不調にみまわれたら、コールはすぐに対応しなくてはいけないし、それは一昼夜問わず、いつでも起こりえることだったから、コールにとってはいざというときにつねに備えなければいけない面と、日々のくり返しとの両方が求められる。
人間の子どもを育てるのはかれは初めてだから、周りからの協力を必要としていた。
今でこそ、同じ、思考機械が人間の子どもとふれあったり世話をしたりすることはめずらしくなくなってきたが、この星にやってきた当初はずいぶんとめずらしがられた。
ほんとうに機械が子どもを育てられるのかとか、それで育てられた人間に悪影響は出ないのかだとか、ずいぶんとあれこれ言われたものだ。
コールはあまり意に介していないが、そこまで言われるとさすがに気分が悪くなる。
結局、人間の友人たちや、行政のサポートを受けることで、コールには親権が認められたし、子どもはすくすく育っているわけだが、
機械ごときには人間のこまやかな感情などわかるまい、
という意見は引きもきらないらしく、コールはなるべく、そういった過激派には関わらないようにして生きている。
これは、人間の友人のすすめもあってのことだ。
世の中にはいろいろな差別がある。
機械による人間差別。
人間による機械差別。
機械による機械差別。
人間による人間差別。
これが惑星間なら惑星の数だけ、民族なら民族の数だけ、増えていく。
同族ですら、一枚岩ではなく、差別・区別があるのだ。区別は時に必要なものもあるが、差別は根源から絶たないかぎり、偏見をもたらしつづける。
ーーこの世でなにかをわかちあう友人や仲間ができたのなら、それはきっと幸せなことだろう。とコールは思う。
エコーは大戦時の同僚ではあるが、コールとは馬が合わないところもある。
エコーはコールよりは新しい世代のオークルとして生まれた駆体の一機で、クアドラと呼ばれる種類だ。
オークルは駆体の素材によって大別されており、全身が金属製の駆体がテッサ、全身が炭素系素材でできた形状記憶型を大河系(オケアノス)、駆体の1/4が炭素系素材でできており、その他が金属製の駆体をクアドラと呼び分けている。
テッサの駆体は思考回路はマイクロチップに集積されるが、大河系は形状記憶型の炭素系素材に思考が集積されており、クアドラは思考はマイクロチップに集積する場合と炭素系素材を使う場合と両方の種類が存在している。炭素系素材は存在が希少なためで、現在は入手しやすい金属素材に炭素系素材を部分的に混ぜたクアドラ勢が大半を占めている。エコーはそのクアドラ型のはしりだ。
闇に沈んだ窓の外を眺めていると、ピーピーとアラームが鳴り出した。コールはアラームを止め、テーブルに置かれたベルで店員を呼ぶと精算を頼んだ。ワゴンが下げられ、ケープを外して返す。帰りに出口のレジで精算をする仕組みだ。
表に出ると、エコーが立っているのが見えた。
「待たせたね」
「待った」
ーー律儀なやつだよ、まったく。
コールは顔には出さず(やろうと思えばできるが、それだと、コールの認識ではわざとっぽくなる。)、
「それで、用件を聞こうか」
エコーは黙っている。
ーーここでは話せないということか。
「こっち」
エコーはついてきた。
コールは鍵を開けて、車の運転席に乗りこむ。助手席側の車窓を開ける。
「乗れよ」
エコーは助手席の扉を開けて乗りこんできた。コールは車内のボタンを押して、助手席の窓を閉める。
「そんなに待つなら、約束してくれればよかったのに」
「きみはすぐに連絡がとれないだろう、仕事の性質上」
「まあ、そうかもだけど。それで?」
「サテライトセンターがハッキングを受けた」
「⋯⋯まじで?」
サテライトセンターこと衛星管理局は全オークルの識別用人工衛星を管理している部署だ。管理局は月面にあり、年中無休ですべてのオークル用人工衛星を管理している。
エコーはうなずいた。
「ラジオじゃなにも言ってなかったけど」
「公にはなっていない」
「じゃあ、なんできみが知ってるの?」
「たまたま、その場にいたんだ」
「月面基地に?」
「いや、地上のメンテナンスセンターにいたときだ。バックアップが一時、とれなくなっていた」
「衛星の通信妨害じゃないの?磁気嵐とか」
「あの日は磁気嵐はなかった」
「何日前?」
「おとといだ」
「⋯⋯それをわざわざ、ぼくに言う理由がわからないんだけど」
「用心しろと言いにきたんだ」
「そりゃ、いつもしてるさ。ていうか、この場合、なにに?」
「少なくとも、十分間はサテライトセンターの機能に支障が出ている。そこまで干渉して、なにを盗んでいったかが問題だ」
「顧客情報の流出なら、全員に共通する問題じゃない?ぼくは、ログ機能はなるべく切るようにしてるし」
メンテナンスセンターは衛星に接続できる部署で、地上の各地にある。
ログ機能は万が一に備えて担当オークルの現在位置を発信・追尾する機能のことで、まる一日つねに追尾させておく者もあれば、一日一回だったり、数時間に一回だったり、駆体によって判断はまちまちだ。少なくとも一日に一回は平常に駆動していることを知らせるためにログを発信しておくことが定められている。
ただし、故障などで発信できないときはこのかぎりではない。その場合は異常を検知して地上に調査部門が出向くように定められている。
「ハッキング自体は成功してるの?ーーなんでニュースに出ないんだろう?」
「あまり公にはできないからな」
「なんでわざわざ、ぼくに?」
「知る必要があると思ったからだ」
「よけいな情報ほど命を縮めるものはないと思うけどね」
「⋯⋯。我々は身を隠さなければいけない。ーーハッキングする側に心当たりがある。」
「わざわざ報道しないってことは、身内?」
「少なくとも、圧力をかけられる側にあるということだ」
「よけい使いたくなくなるね、ログ機能」
「リークしようとした職員が一人、きのうから行方不明になっている」
「警察に言ったほうがいいんじゃない?それ?」
「非常にデリケートな問題なんだ。職員は急病で休むと職場に自ら、連絡をしている。」
「ほんとに休んでるってことはないの?」
「きのうから連絡はしているが、返答がない」
「ハッキングされた情報って、どのくらいあるの?」
「軌道上のN区画全域だ。1020件」
「⋯⋯ぼくは入ってないな」
「探りを入れていることは十分に考えられる」
「なんに?」
「リークしようとしていた職員は休日に反・遺跡発掘運動を熱心にやっていた活動家だ」
「『超自然派』?ーーすべては無に帰したのだから、古代の遺物など探る必要がない、っていう、あの?」
「そうだ」
エコーがうなずく。
「ずいぶん趣味悪いのと付き合ってるじゃない。ぼくらがその遺物なのにさ。ーー友達?」
「旧知の間柄だが、親しくはない。ーー南の砂漠で発掘が進んでいることは知っているか?」
「もちろん。観光スポットじゃん。今日も昼休みに2、3人、案内したばっかだよ」
「あんな場所に好んで行くやつの気がしれん」
「⋯⋯見てきたよ、あれ。サーブルボウル」
「!出てきたのか!?なぜ?見に行ってきたのか?」
「先週ね。友達に頼まれて、いっしょに行ってきた。覚えてるもんだね、見るとわかる」
「職員が消えたのはリークをさせないため。そして、『超自然派』に反対する者であることは間違いない」
「なに、じゃあ、もしかして、」
「『文明至高主義派』だ」
「極端だなあ!もう!」
「超高度な古代文明を復興させ、その恩恵にあずかろうとする『文明至高主義派』ーーハッキングを行ったのはその一派に違いないと私は考えている」
「行方不明の職員がどれだけ熱心な『超自然派』だったか知らないけど、それだけで、その主義と真逆の人たちがリークを止めるために暗躍しているってのはさすがに断定のいきすぎじゃない?ーーそもそもさ、彼らがオークルのログ記録を見る理由がないよ。金持ちのオークルを調べたい安易な犯人とかかもしれないじゃない、資産状況とか」
「資産状況なら他の機関を狙えばいいことだろう。オークルに対するなんらかの情報を得るためであることはあきらかだ」
「わかるのって、個別情報とログくらいだよね?なんにするんだろう?」
「それがわからんから用心しろと言いにきたんだ」
「それはありがとう。でも、余計なものが増えたねえ、『超自然派』に『文明至高主義派』⋯⋯発掘なんて好きにやらせときゃいいじゃない。過去のことを知りたいなら、この星の人たちに過去のことを知る権利はあるんだからさ。どっちも極端だよ。そう思わない?」
「我々はまれな存在だからな。だからこそ、用心する必要がある」
「なんで?」
「もし我々の素性が知れれば、その構想の板ばさみになるだろう。『超自然派』は全文明を目の敵にし、『文明至高主義派』はあがめている。過去の遺物としてではなく、未来の王としてあがめ奉られるかもしれん」
「一割くらいじゃないの?せいぜい?全部たしても。そのふたつを」
「いずれにせよ、関わるとろくなことにならん」
「それはわかった。よくわかった。ーーでも、サテセンがそこまで不透明な組織になってたなんて、問題だな」
「サテライトセンターの職員は他にもいる。あすにでも記事は出るだろう」
「行方不明の人は?」
「行方不明のままだろうな」
「ゴミ屋敷の片づけやってる場合じゃなかったんじゃない?」
「知らん。人の思想に口出しはできんからな。それに、仕事は関係ない」
「友達がいのないこと」
「あくまで知人だ。きのうはたまたま、連絡したにすぎない。向こうが連絡をしたいと言ってきていたんだ」
「そんなきな臭い活動家になる前に、注意してやれなかったの?」
「そこまで深い仲ではないからな。それにーー」
「『思想は自由』、だからね」
「そうだ」
「でもさ、最近の抗議活動は目に余るものがあるけど」
コールはラジオをつける。
「『マキシナ南部の砂漠地帯にある発掘中の遺跡で、発掘に反対する『超自然派』を名乗る団体は本日も遺跡周辺を回り、『発掘反対』の横断幕を掲げて、マキシナ自然公園からマキシナ市役所庁舎前まで行列をなして行進を行いました。一時は行列に反対する通行人らともみ合いが起こり、マキシナ市警が巡回にあたる場面も見られ、マキシナ市警は傷害の容疑で団体の団員3名とトラブルを起こした通行人5名の計八名を逮捕しました』」
「公共の福祉に反しているな」
「そこまでしなくてもいいのに」
「先週は市長に遺跡発掘に反対する署名を提出したそうだな。ーー2171名か。多いのか少ないのか⋯⋯」
エコーは自身の駆体の中で検索しながら話している様子だ。
「遺跡の件だけど、発掘されたあの玉の中のチップが無事なら、まずいことになるね」
「不可能ではないな。十二分に可能だろう」
「前文明のろくでもない遺産なんて自ら手放してくれる分別があってほしいけどね、ぼくは」
「罪深い行いの数々をくり返させるわけにはいかんな」
「なんで人間ってのはそう、くり返したがるんだろう?」
「我々の中にもいるさ。行方不明者の知人はオークルだ」
「オークルなの!?ほんとに!?」
「うむ」
「まじのまじで!?」
「うむ」
「なんていうかなあー⋯⋯そうかあー⋯⋯ひまなんだね。どの派閥も」
「人間にせよオークルにせよ、この時代の者たちはさまざまな主義・志向を持っている。知らぬことだからこそ、警戒もするのだろう」
「そんなもんかな」
「そうさ。我々もそうだったろう?」
「どうかな?昔すぎて、忘れたよ」
「くり返したくない記憶であることはたしかだな」
コールは深くうなずいた。エコーとは馬が合わないが、これだけは一致している。もう二度と、くり返してはいけない記憶。くり返してはいけないできごと。
「とにかく、何者かが卓越した技術で我々オークルの情報を手にしている。またハッキングがないとはかぎらん。用心しておくことだ」
「とはいえ、ログ記録はとられちゃってるし、手のうちようがなくない?」
「⋯⋯たしかに、個別武装するしか手段がないな」
「おいおい⋯⋯」
「私はこれで失礼する。注意は伝えたぞ」
「情報サンキュ。なにがあっても警戒はしとくよ。なにか助け、いる?」
「いや、いらん。時が経てば解決するだろう」
「そんな悠長なことしてていいのかな?」
「⋯⋯主張が合わない相手が消えたら、そのほうが都合がいいのではないか?」
「ぼくはそうは思わない」
二人はお互いに目を合わせた。
「たとえどんな極端な主義主張でも、存在する権利だけはだれにでも認められてなきゃいけない。不法にそれを害されるんだったら、その害をとりのぞかなくちゃ」
「たとえ、公共にまた害をまき散らすとしてもか」
「そのときは法で裁いてもらえばいいことさ。そのために法律があるんだから」
「⋯⋯」
「危険な目に遭ってるとわかってて見殺しにはできないよ」
「⋯⋯相談にきたつもりはなかったんだが」
「給油2回分でいいよ。あした、休みをとるから、そのオークルについて教えて」
「⋯⋯。手を打とう」
エコーはうなずいて、自身のデータベースから画像を空中に放映した。
「名前はルーク。サテライトセンターこと衛星管理局の職員だ。私の知人で、おととい、会いたいと連絡がきた。おとといからきのう今日と連絡をしているが、一向に連絡がつかない。本人からはきのう、不具合で休むと連絡がきたきり、今日は無断欠勤したらしい」
「先週会ったよ、かれ」
コールはぞっとした。
「ちょうど遺跡の話、したとこ」
ーーロアナは大丈夫だろうか?
ふと懸念がよぎる。
「ぼくの友達もいっしょにいたんだけど、この、ルークってどんなオークルなの?」
「どんなというと?」
「危険さはないかってことだよ」
「その点でいえば温厚な部類だな。手を出したり暴力的な手段に訴えることはない。しかし、『超自然派』としては、古代に夢を見る傾向が許せないらしい」
「ほかは?」
「つねに周りにとりいって、情報を得ようとしているふしはあるな。私とは職場の人事交流で知り合った。サテライトセンターから一時的に出向してきたんだ。それで知り合った。趣味はカードとダーツ。マキシナの一見お断りの社交場へ出入りしているらしい」
「熱心な活動家ってのはどこで知ったの?」
「記事に出ている」
新聞のデータベースが投影される。
さきほど見た画像と同じ顔がばっちり写っている。どこかの室内を背景に、単体で写っている取材記事だ。
「『次代の環境活動家』?いいの?サテセンって公務員じゃないの?職員?」
「かれは民間の技術者だ。目立っても問題はないのだろう」
「『超自然派』とは書いてないみたいだけど」
「社交場では活発に議論していたよ」
「なるほど。会員制の場ではあけっぴろげなのね。⋯⋯きみもそのくちかい?」
「私はどの立場もとらない。しかし、社交場では実に不可解なことが起きていた」
「?」
「この場につれてこられるオークル、人間問わず、滞在するうちに相手の極端な思考に感化されるんだ。その後、活動をはじめた者も少なくない」
「もともとその志向があったわけじゃなく?」
「表立ってはそんなふうに見えなかった。『とりつかれたように』という表現を人間が使うが、たとえて言うのならまさにそれだ。ルークもそのうちの一機だ」
「じゃあ、もともとそんな、活動家じゃなかった?」
「表立って活動をはじめたのはここ一年のことだ。知っているのは三年ほど前からだが、やつに誘われて社交場に行ってから顕著に『超自然派』に傾倒していった」
「その社交場には行ったの?」
「いや、まだ行っていない。会合が開かれるのは2週間に一回だ。社交場自体は開いているがーーこっちは私が見よう。ーーひとつ、頼んでいいか?」
「どうぞ」
「南の遺跡の捜索をお願いしたい」
「砂漠の、発掘中のところ?」
「そうだ」
「なんでまた?」
「サテライトセンターをハッキングした者の地点は割り出しがおわっている。そこは件の発掘地点の中心部だった」
「時間は?」
「午後6時45分から6時55分だ」
「おととい⋯⋯休日か。⋯⋯てことは、作業員が犯人?」
「わからん。なぜ遺跡なのかも」
「わかった。行ってみるよ」
「よろしく頼む」
エコーは車の扉を開いた。
「では」
エコーは扉の外側に手をかけて、
「ふしぎなものだな。こんな流れになるとは思っていなかった」
と言うと、いきおいよく助手席の扉を閉めた。
「まあ、そんなこともあるよね」
コールは前に向き直してシートベルトを締めると、なめらかに車を発進させた。
その昔、銀河には3つの有人惑星があった。
この銀河には8つの惑星があり、そのうちの3つが人の住める星として利用され、銀河の内側に近い順に、第1惑星から第2惑星、第3惑星と名づけられていた。
第1惑星・アーシェルは特権階級である支配層と富裕層との癒着が公然と行われており、富裕層は最先端の技術の恩恵を受けられるが、そのほかの人間は支配層の下でこき使われ、労働によって得た資源を多く搾取され、時に移動を制限されて虐げられつづけている。非支配階級に旅行の自由はなく、基本的に決められた区域を出られない。戦争が始まってからはその多くが市民の血でまかなわれた。
第2惑星・エンナは中間層の市民が大半で、文明に過度な発展は認められないが、そのぶん、身分差はなく、束縛は少ない。
自然や資源もそれなりにあるので、アーシェルのような最先端の技術は惑星全体的な普及にいたっていないが、食べ物や住むところに困ったり、命を脅かされることはない。
第3惑星・ランゴは大地が荒廃していて砂地や干ばつした地帯が多く、資源も少ないため、各地で物資や金の奪い合いが起きている。3つの星の中では物資不足が深刻で、壊滅的なまでに治安が悪い。
コールが生まれたのはこの中の第1惑星・アーシェルで、かれは工場から出荷されてから『学校』で学び、知能を発達させた。
アーシェルは繁栄の時代を迎えながらも戦争が絶えず、戦乱の時代がつづいていた。
支配層と富裕層の住む地区には高い塔が建てられ、塔から放たれる電磁バリアがあらゆる兵器や災厄から街を守っていたが、他の大部分の市民が住む地域では悲惨な爆撃や破壊が行われ、つねに戦乱がやむことがなかった。
コールはその時期に、旧市街という電磁バリアと外の地区との境目にある工場で生まれた。旧市街は電磁バリアの外にあったが、シェルターの技術が発達していることと、大陸の内地の奥まったところにあるので、敵国からの空襲を受けることはほとんどなかった。旧市街にいたる前に敵の国の機体はすべて、全滅したからだ。
旧市街には鋼鉄の深緑の門がはりめぐらされ、城塞としての役割を担っていた。城壁の上には砲台が据えられ、城塞の外にある基地から有事には飛行機が飛んでいく。
コールが生まれた時代は戦争のただ中ではあったものの、鉄壁の城塞に守られた旧市街ではそこまで戦乱を感じさせるものが見当たらなかった。激戦地がはるか遠くにあったこともある。戦争というものをかれはまだ知らなかった。
ただし、その陰はかれの身長にあらわされていて、コールは163.4センチと小柄な駆体である。その理由は、少しでも駆体に使う金属を浮かせて他の駆体に回すという、国側の苦肉の策にあった。およそ10体の頭身を削れば、あらたな1体の駆体が作れる。
コールの生まれた時代は物資が不足しはじめたころで、多くの市民が犠牲になり、飢えに苦しむ中、それでもなお、国策で戦闘費が増加され、多くの思考機械の量産化に力が注がれていた。
人口減を補う生産力を得るという建前ではあったものの、実際には秘密裏に、いずれ、量産した思考機械を用いて人間の代理戦争をさせようという密約が敵陣営との間に結ばれ、それを実現させるための大量増産であった。
コールは同じ工場で量産された他の駆体とともに、『学校』で毎日、無邪気に授業を受け、宇宙の成り立ちや教養、歴史などを学んだが、その先になにがあるのかをまだ知らずに日々を過ごしていた。
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