VSカルズ1本編

走る車の中。カーラジオが鳴っている。


「本日のゲストはマキシナ市長・エステール・ノアールさんです!!」


「こんにちは」


落ち着いたゲストの声。


「よろしくお願いします。本日はお忙しいところ、よくいらっしゃいました」


「いえ、お呼びいただけて光栄です」


「近ごろは健康づくりのために運動をされているとのことですが?」


「ええ。朝は4時に起きていまして、早朝のランニングをはじめました。明けがたの公園を走るんですが、とても気持ちがいいですよ!!」


「朝4時ですか!!早いですね!!」


「起きてから軽くストレッチをして朝食をとり、30分くらい走ってます。マキシナ自然公園は遊歩道が整備されていますので、そこを走りぬけるのが楽しいですね!!」


「健康的でいいですね!!ーーさっそくですが、先日の市長選、見事に2期目の当選を果たされました!!本日はマキシナ市政への新たな意気ごみをお聴きしたいのですが」


「はい。我がマキシナ市では、もともと海に囲まれた立地ならではの観光・漁業活動が盛んでしたが、農産物の収穫は他市への依存率が高く、また、産業も他市での就職率が高く、収入は観光業への依存が続いていました。そこで私は、砂漠での水耕栽培事業、市内への企業の誘致、子育て支援・介護政策の見直しをはかり、健康で長生きできる幸福なまち・マキシナをめざして、みなさんと邁進してきました。その意味では、4年間取り組んできた成績が有権者の方に認められたのではと手応えを感じています」


「特に、全年齢層に対する幅ひろい手当の充実は、苦心された部分ではないですか?」


「そうですね。長寿記念手当を削減して子育て支援金に充てたさいは、反発の声も多くいただきました。しかし、その点については、バスによる交通網の発達やご高齢の方へのタクシーの利用パスの発行、医療機関の1年健診のさらなる充実と健康指導といった新たな施策によって、ご高齢の方に予算を分配できたのではないかと考えています」


「特にここ3年は子育て層の転入も増えているそうですね?」


「はい。新たな課題は待機児童の解消です。こちらは今、市内に10カ所の認可保育所を増設する予定でして、先に提出しました『マキシナこそだて5年計画』の中で日々、見直しをはかっていきたいと思っています」


ピリリリリリ、と甲高い音が鳴り出す。


コール・ハイドランジアは運転席のかたわらのボタンを押す。


「はい、あじさい便です」


「もしもし、午前着の荷物を頼んだ者だが、まだ着かんのかね?」


低い男の声。いらついている様子だ。


「ゴドウ様ですね?あと15分ほどでうかがいます。」


「もっと早くできないか?こっちは急ぎなんだ!!あと5分にしてくれ!!」





ーーんなむちゃくちゃな、


とコールは思う。


「すみません、近くまで来ているんですが、今、渋滞に巻きこまれてまして」


「そんなことはきみの都合だろう?なんとかしてくれ!!今日までなんだ!!」


中身がなにかは知らないが、あせっているようだ。





ーーしかたないなあ。





コールは車線を離れて路肩に車を止める。





ーーなるべく目立たないところ、と。





ボタンを押して車のサンルーフを開ける。


「わかりました、それじゃ、早めにうかがいますね」


やや強引に通話を切る。エンジンは切っておかなければならない。


コールは後ろのスペースから小包を一つとる。


そして、サンルーフの穴から車の屋根によじ登る。


片膝を立てて座り、構える。


キュイイン、と風を巻く音がしだす。


ドンッ!!っと破裂音がして、コールははるか上空に飛び出していた。コールの履いているつやなしの銀の靴は裏にジェット機構がついていて、持ち主の駆体からエネルギーを集め、可動することができるロケットブースターなのだ。


亜麻色の髪の青年はいちもくさんに空を飛んでいく。腹にはジャイロバランサーが入っていて、丸い玉が空中に飛ぶときのバランスを保っている。


小包を抱えたまま、まっすぐに正面のタワービルをめざす。壁ぞいを垂直飛行に切り替えて進んでいく。なめらかに、スケートでもするように、あっというまにたどり着いた。


窓から中を見ると、室内ではいらついた様子の男が、部屋の中を行ったり来たりしている。


「こんにちはー!!あじさい便です!!」


ちょうど少し開いていた窓からコールは呼びかけた。


「どわああっ!!」


中の男が叫ぶ。目が飛び出しかけて丸くなっている。


「あじさい便です!!サインをお願いします!!」


「げっ、玄関から来たまえっ⋯⋯!!そのっ⋯⋯」


「すみません、急ぎでしたんで」


「っつ⋯⋯!!」


男は物言いたげだったが、飲みこんで、コールが差し出したペンをとり、荷物を受けとるとその上の伝票の記入欄へサインをした。コールは風にあおられないように気をつけながら、伝票を切りとる。


「ありがとうございました、またお願いしまーす!!」


にこにこ笑いながら、そのままスルスルと下に下がっていく。


窓枠からコールの顔が消えたあと、男は部屋の赤いじゅうたんにへなへなと座りこんだ。


その階の表示は43階。普段ならまず、ないことなのである。


コール・ハイドランジアは急いで空を飛んで開けっぱなしのサンルーフに降り立った。行って帰ってのここまで約3分。ジェットブースターはなかなかに便利だが、そのぶん、燃料の消費が激しい。だからかれは車を使う。


配送業者の中にはベルトコンベアに乗せて荷物を仕分けてから、そのまま、行き先のベルトコンベアにさらに荷物を乗せて配送する試みもはじまっていると聞くが、まだほとんどの地域は旧式の配送システムに頼っている。


他の市に行くとベルトコンベアの集荷システムが完全に根づいたところもあると聞くので、いつかはこの町からも配送業者がいなくなる日は来るのかもしれない。


マキシナは細い道が多く、道もこみいっていて網の目のようなので、碁盤状に整理するのが難しい立地なのだ。


コールはそれから5件の配達をすませ、昼休みをとった。


昼休みが開けて1件は空ぶりで、不在票を入れて戻ってくる。次は市役所への配達だった。


車を走らせると3階建ての四角い建物が見えてくる。市役所前の路上に駐車すると、すぐに荷物を持ち、庁舎へと足早に急ぐ。


「こんにちはー!あじさい便です!!」


コールは1階の受付に行った。昼下がりの庁舎はあまり人がいない。


木のカウンターから1人の職員が出てくる。


「こんにちは、いつもありがとうございます」


出てきた職員の声は、コールのカーラジオから流れていた声と同じだった。


「サインをお願いします」


職員はカウンターから備えつけのペンをとりあげると、さらさらっとペンを走らせる。


「ありがとうございます。またお願いしまーす」


コールは伝票を切りとり、市庁舎をあとにする。


「市長!!インタビューの方がお見えです!!」


カウンターに駆けてきた女性が、荷物を受けとった職員に声をかけている。


「わかりました、今行きます!!ーーこれ、お願いします」


「わかりました」


その場にいた他の職員に荷物をまかせ、市長と呼ばれた職員は、呼びにきた女性のもとへ走る。


「受付の人の仕事がなくなっちゃいますよ?あまりよくないですよ」


と女性は苦言を呈する。


「すみません、つい⋯⋯。そうでしたね、人の仕事を奪うのはいけませんね。みなさんがあまりに忙しそうだったので」


「今、お帰りに?」


「ええ、ちょうどさっき。5分ほど前でしょうか」


二人は階段を上がっていく。


市長は今しがた、地元のラジオ局・マキシナ放送の建物から帰ってきたところだ。赤いアンテナのささった白い建物は庁舎からでも見え、徒歩で15分ほどの位置にある。


次は雑誌記事の取材だった。


マキシナ市の市長は史上最年少の19歳で市長に就任し、現在2期目の23歳である。制度上は18歳での成人後、被選挙権を得るのだが、実際に運用面で首長に選ばれたのは、この、エステール・ノアール市長が史上初だった。


額にかかる前髪がくるんと巻いたくせ毛の短い髪、茶色い瞳はなんとなく人なつっこい印象を人に与える。


しかし、実際の雰囲気は歳より2、3歳は落ちついて見える。


身長は170センチ超。


黒のタートルネックにグレーのスラックスを着て、マキシナ市の白いロゴが縫い付けられた紺のジャンパーを上にはおっている。見た目からしたら、市庁舎を歩いている他の職員とさして変わりないいでたちだ。


広報課の女性職員は市長とともに、階上の応接室へ向かっていた。これから応接室での取材のあと、3階の市長室で雑誌掲載用の写真撮影の予定があった。


はためには、市長はのほほんと階段を上がっているように見える。広報課の女性はスケジュール通りにものごとを進めたかったから、気が急くあまりに多少、いらついていた。


市長は飾らないところが美徳だが、なんでもやるので、さっきの荷物の受けとりまで、人がいなければ自分でやってしまうのだ。


そんな市長だからこそ人望があるともいえるが、職務を忠実にこなしたい職員にとってみれば、その習性にはうとましいところもあった。


『月刊マキシナ』の『今を生きる人特集』ーー。経済誌で人気の目玉特集記事だ。新進気鋭のマキシナ市長がなにを語るのかーー?それは、この星の少なからぬ人間が注目する点であった。





コールはせっせと配達をすませて自宅へ向かう。今日はとりたてて問題は起こらなかった。午後は不在票を入れた顧客宅への再配達が6件あった。25件の配達をおえて、家路につく。比較的近所でかたまった配達が多かったから、今日はひまなほうだ。配達の件数が少なくても、25個口や50個口なんてものがあると、その日は大口の配送に時間を多く割かなければいけない。それは配送組合のその日の割り当てにもよる。


コールは個人事業主として配送組合に在籍しており、その日の朝に割り当ての荷物を引き取って自身の担当区域に配達を行っている。コールには小さな子どもがいるから、営業は午前9時から午後6時までおこなっている。


それでもたまに、時間が押してしまって、7時すぎまで仕事をすることがあるが、たいていは7時半までで仕事を切り上げる。おわったら必ず、自身の燃料の補給をするためにエネルギースタンドに立ち寄る。ここは、すべての思考機械(オークル)が集う、動力源の補給所だ。コールの場合は燃料を使うが、電気で動くものもいる。オークルは動力が切れたら動けないから、どんな駆体もみな、一日一回はどこかのスタンドで補給をおこなっている。


それからコールは子どもを迎えに保育園へ向かう。自宅に帰ったらあすの準備をして休息時間をとる。その間は予備電源に駆体を接続して、子どもになにか起きたときはすぐに対応できるようにしておく。


朝になれば子どもに食事をさせ、着替えさせてから車で保育園へ見送り、その足でまた仕事に出かける。これがたいていのコールの平日の過ごしかただった。


子どもが眠ったのを見届けると、自分の部屋に行って椅子に座る。机の引き出しから小箱を取り出し、右の眼窩から透明な球体を取り出す。コールの電源は右目の下にあるのだ。小箱に右目をしまうと、充電用のプラグをさす。この状態で大きな充電器の電源を入れる。有線式なので動きは制約される。駆体に通電させておかないと内蔵のバッテリーが切れてしまう。駆体を動かす燃料タンクとはまた別の機構だ。どちらも動かなければ、駆動が止まってしまう。エネルギー(動力源)切れは死活問題だ。


コールは机の上を見る。机に備えつけられた棚には3本の瓶が置かれ、中に硬貨がぎっちりとつまっている。


瓶に貼られた白いラベルには『ティートの教育用』の文字の下に、『その1』『その2』『その3』の番号が振られている。


「だいぶ貯まったな」


あしたは休みだ。


「あ、そうだ、あしたはーー」


ふと、ひらめく。





ーー劇の練習に付き合うんだっけ。





マキシナ自然公園は、敷地が縦に長く、その中央を南北につきぬける遊歩道が整備され、中央の噴水広場、北側の庭園、南側の公会堂などの設備やイベント広場と言った施設が整備されている大きな公園で、敷地内は高い木々が植えられて人々の目を楽しませている。


コールは噴水広場と公会堂の間にある空き地にいた。


友人が素人劇団をやっていて、彼は効果音を担当するのだ。場面の盛り上がりに合わせて楽器を鳴らせばいい。





コールは仲間たちがせりふを話すかたわらに構えながら、それとはなしに視界に入ってくる園内の流れを眺める。園内にはたくさんの人々が行きかい、ベンチで憩う。


ロアナが天を仰ぎ、胸に手を当てる。





コールは考える。





ーーもし、できることなら。


ーーこの時代に彼らを連れてきてあげたかった。





「⋯⋯くん、コールくん!コールくん!!」


声をかけられてはっとする。ひそひそ声でノリさんが呼びかけていた。


コールはかまえていたミニシンバルを鳴らした。ごわーん!!と金属の音が響いた。





「またねー!!」


ロアナたちが帰っていく。


残ったコールはノリさんと二人で園内のベンチに座っていた。


日は陰ってきたものの、太陽はまだはるか上にある。


「平和やなあー。おてんとさんに当たっとると、まこつ、ぬくもるわあー」


ノリさんが目を細めて言う。


ノリさんは体の具合が悪くて病院に通いながら日常生活を送っている。そのため、不摂生は禁物で、あまり長く働くことができない。


生活は奥さんのマコちゃんが看護師をして家計を支えており、ノリさんはたまに接客のアルバイトをしたり、臨時の軽作業をしたりして家計に貢献している。


もともと、内臓の具合があまりよくないそうだ。


そんな彼が言うと、こうして日の光に当たれることが、ほんとうにしみじみとうれしそうに聞こえる。


「そろそろ、わしも帰らな。ほんならなあ、コールくん」


「またね」


立ち上がり、去ろうとしていたノリの背を、なにかがざっくりと割いた。


服の背中が裂け、ノリさんがよろめき、崩れ落ちる。


「ノリさん!!」


コールは駆け出した。


ノリさんは右手で左肩を押さえている。


開襟シャツの裂け目が背中から肩までおよんでおり、肩から血を流している。


「きゃあー!!」


女性のかん高い叫び声があたりに響いた。


すべては一瞬だった。園内の木が倒れたり、枝がばらばらに落とされたり、植えこみがざっくりと刈られとられたりしている。


近くの木に何本も巨大な爪痕のようなあとがななめに残っていた。


黒い長袖の上下を着た男が歩いてくる。髪は亜麻色でコールと同じ髪型をしている。


男が来る道すがらに、人々が倒れたり、うずくまったりしている。肩や顔に傷を受けた人、腹を抱えてうずくまっている人、倒れた人に駆け寄る子ども、ぐったりした子どもを抱えている人、老若男女、たくさんの人が傷ついている。


「ああ。やっと見つけた」


男は言った。その顔はコールに向いている。


コールはノリさんの傍らにひざをついたまま、そちらを見た。





ーー真空波だ。こいつはーー





太刀筋は見えないが、圧縮した空気を使ったのだろうとコールには見当がついた。問題はその使い手だ。自分にそっくりな顔をした男だと、一目で見てわかる。





ーー量産型ーー!!





「はじめまして、『11番』。お手合わせ願おうか」


「断る!!⋯⋯おまえはだれだ?」


「ぼくは『12番』。きみを倒しにきた。カルズとも呼ばれている」


知らない名前だった。


「旧市街工場ラインA生産機12番。これでわかってくれるかな?」


「⋯⋯。なぜこんなことをする?」


「飾りつけだよ。こうしたら、きみは本気を出すみたいだから。ここは平和すぎて血のにおいがたりない。壊し合いがしたい。きみはこうでもしないと乗ってきてくれないだろう?」


「そんなくだらないことで人を⋯⋯公園を⋯⋯」





ーー傷つけるのか!!





コールは言葉につまった。とにかく、けが人たちを手当てしなくてはいけない。


そのために相手を追い払わなくては。


「いつっ⋯⋯!!」


ノリさんが顔をゆがめた。


「ノリさん!!」


苦しんでいるノリさんを見ているのはとてもいたたまれない。もちろん、他の人たちも。





ーー早く通報しなきゃ!!





周りを目で探るかぎり、けがの程度がわからない。深刻な人もいるかもしれない。


徒手空拳の状態でできることーーコールは立ち上がる。


相手は見たところ、コールと違いはなさそうに見える。しかし、なにもない空間から人や物を傷つけることができることから、なんらかの機構を備えつけていることは間違いなさそうだ。


へたに刺激してこの場でさらに暴れられては困る。





ーー困ったな。





コールはジェットブースターを起動して、垂直に飛び立った。そのまま上空まで一気に駆けのぼる。


すぐに敵が追ってきた。公園がはるか下に臨める。


コールは見えない軌道をいくつか避けた。やはり、空気を押し出して相手を傷つけている。まともにくらえば駆体を破壊されてしまうだろう。


「なんだか思ったよりあっけないなあ、腰抜けかい?」


コールは攻撃を避けるにとどめ、胸に手を当てた。


「そんなに倒したいなら、ここを狙えばいい。どうせできないだろうけど」


相手はすっと目を細めた。


「どうやら見込み違いだったみたいだね。⋯⋯さよなら」


コールは自分の胸から手を離して身構える。


見えない渦がコールの胸に当たり、胸をえぐった。


コールはあたまを下にして落ちていく。その姿は小さくなり、そのまま、地上へと落ちていった。


「あーあー、とんでもない見こみ違いだった」


落ちていくコールを見つめるカルズ。


「また別のおもちゃを探さなくちゃなあ」


それから追撃の衝撃波を放った。





コールは落ちていきながら、街路樹の並木につっこむと、すんでのところで下に避け、最後の一波をかわした。そのまま枝の中に落ちる。


服の胸は破けていたが、胸に、首からぶら下げたスキットル(金属製の水筒)が入っていたので、重大な欠損は逃れていた。


コールは逆さまの状態のまま、枝に引っかかってしばらく動かずにいた。


遠くで救急車のサイレンの音が聞こえる。公園に居合わせた誰かが通報したのであればいいなとコールは思った。


傷ついた人たちのことが気がかりだ。


ひとまず、身を隠さなくてはいけなかった。


相手はコールを狙っている。目的はわからない。ほんとうに壊し合いをしたいのかどうか。


木の下に1台の車が止まった。緑色の車からだれか降りてくる。


「おい、大丈夫か?」


木の幹に脚立がすえられ、のぼってくる。レゾだ。駆体から緊急の救難信号を送っておいたのだ。


「なんとか」


「なにがあった?」


「オークルだ。ぼくにそっくりなやつが襲ってきた。ーーノリさんたちがーー」


サイレンを鳴らして救急車が何台も大通りの車列を割っていく。


「動けるか?」


コールはうなずいた。


レゾのあとにつづいて、脚立を降り、車の助手席に乗せてもらう。


「まずは整備だ。出すぞ」


車は大通りの車列に混じった。


「けが人が、何人も出ている⋯⋯。あれは、ぼくと同じ旧式のやつだった。見えない衝撃波で人が急に切り裂かれたんだ。ノリさんも⋯⋯。ひどい光景だった」


「おまえと同じ?ーー面識はあるのか?」


「いや。ただ、12番と名乗ってた。カルズと。旧市街工場でつくられた駆体だと言ってた。ぼくと同じ生産ラインで」


「⋯⋯ほかは?」


車が角を曲がる。方角的に、レゾの家のある木馬通りへ向かっているようだ。


「ぼくと壊し合いをしたいんだって」


「乗ったのか?」


「まさか。なるべく公園から離れて上空から落ちただけだよ、一発くらって」


「それで木の上に刺さってたのか」


「うん。これがなかったらまずかった」


コールはスキットルを胸からとりだした。首から下げてしのばせておいたものだ。スキットルの胴の部分に一文字に傷がついている。


「もともとの駆体にはついてない機能だ。改造したんだろうね」


「ひとまず、点検だ。話はそれからだ」


「ノリさんはーー!!」


「おそらくこの様子だとだれかが通報してるだろう。何台も公園の方角に向かうのを見かけた」


向かいの車線から救急車が1台、走ってきた。公園の方角からだ。


「今はまず、自分のことを心配しとけ。話はそれからだ」


「⋯⋯」


見慣れた街並みを背にしながら、コールの心は重く沈んでいた。





レゾの作業場兼自宅に着いたのはそれから5分くらいの間のことだった。コールはレゾについて建物の玄関をくぐる。


一階が事務所と作業所で、2階より上が自宅になっている。建物は3階建てだ。


コールは寝台に寝て、具合をあれこれと調べてもらった。


公園で相手と交戦したときの微細な傷がいくつか見られたが、すぐに修復が可能な程度で、中の金属部分には達していないことがわかった。


「なんとかなりそうだな」


「よかった、ありがとう」


「どういたしましてだ」


レゾはコールの腕を持って動作の最終確認をしている。


「握ってみてくれ」


コールは指先をまるめて拳をつくった。


「開いて、閉じて」


言われたとおりに何回か拳を開いたり閉じたりしてみる。


「大丈夫そうだな」


「そうだね」


「これなら分解までしなくてすみそうだ」


「それはよかった」


「ついでに燃料の補給していくか?」


「よろしく」


レゾが補給用の機材を持ってくる。


「レゾ、テレビをつけてくれないか?ニュースが見たい」


「ああ。ちょっと待っとけ」


レゾが作業場の待合に置かれたテレビをつけた。


リモコンでチャンネルを回すと、料理番組からドラマ、ニュースへと画面が切り替わる。


「⋯⋯現在もマキシナ市警が現場を調べており、現場検証が行われています。園内にはブルーシートが張られ、現在、マキシナ自然公園内は立ち入りが禁止されています。けが人は全員、病院へ搬送されており、重傷者7名、意識不明者が3名、軽傷者127名とのことです」


女性のスーツを着たレポーターが石でできた門の前に立ち、マイクを持って話している。


「これか?」


「うん」


「えらいことになってるな」


「ああ」


「ノリへの連絡はあとにしとけ、おそらく今はとりこみ中だろう」


「犯人は黒い服を着た若い男だったとの目撃情報があり、捜査当局はこの男の行方を追っています。情報をお持ちのかたはマキシナ警察署までお知らせください」


情報提供を求める文章と警察署の連絡先が字幕で表示される。


「しばらくは様子を見たほうがいいな。そいつの標的はお前なんだろ?」


「らしいね。次に目移りしたとしても、また町を襲わないともかぎらない。あれは完全な愉快犯だった」


「そんなやつをどうやって倒すんだ?」


「自警団もそれなりには考えると思うよ。ただ⋯⋯」


「ただ?」


「初期動作がいっさいなかった。だから、前ぶれなしに現れて、やつは周りを傷つけることができる。予兆がないんだ」


「最悪じゃねえか」


「完全な破壊か昨日停止に追いこまないと、やつを無効化することは難しいと思う」


「だいたい、だれが整備してやがんだ?あきらかに違法だろ、そんな装備」


「ぼくは見たことがなかった。でも、装備自体はもしかしたら、使ってた駆体がいるのかもしれない。ぼくはすべてを見たわけじゃないから、それはわからない」


「なんにせよ、やっかいなもんが現代に暗躍してるってことだな」


コールは黙っていた。


「なあ、そんなもんに、勝ち目あんのか?攻撃が見えねえんだろう?」


「いや、一つ気がついたことがある。たしかに攻撃は目に見えない。だけど、規則性はありそうだ。」


「ってえと?」


「被害に遭った人や破壊された木は、やつの歩いてくる前方にあった。やつの攻撃はやつの前の空間ーーつまり、後ろまでは射出されない。被害者はやつの前方から真横ーーつまり、やつが認識できる方向にしかあの攻撃は飛ばすことができないんだ。それにーーどんなに強化したとしても、ぼくと同じ世代のオークルなら、とてつもない力量差は生じないはずさ。同じ工場で、連番の相手方だもの」


「そりゃそうかもしれねえが、そんな装備はうちじゃ用意できねえぜ?」


「え?だめなの?」


「あたりめーだろ!!うちは整備屋であって、武器職人じゃねえっつの!!」


「冗談だよ。レゾに迷惑はかけない。自分で調達するさ」


「あてがあんのか?」


「ないけど、まあね」


「?」


「あやしい荷物ならちょくちょく見聞きしてるから」


「おいおいおい⋯⋯」


「今はまず、捜査に協力しないと。電話借りていいかい?ぼくのだと、万が一のことがあるかもしれないから」


「かまわねえぜ」


「ぼくの位置を探ったのか、そこまではできないのか、謎だな。わざわざとどめを刺していかなかったし。衛星を調べられるのか、他の情報を調べてきたのか、そこがわからない」


「サテセンの情報をハッキングはまず無理じゃねえか?聞いたことがねえ」


「でも敵はぼくの場所を探り当ててきた」


「コールの情報を聞きつけたほうが、まだ可能性あるな」


「ぼくの情報が漏れてる?」


「隠してるわけじゃねえんだ。どんなやつでもちょいと調べりゃすぐだろ?」


「⋯⋯たしかに」


「用心に越したことはねえな。ノリの家に電話してみる」


「うん」


ノリさんは市内の病院に運びこまれていた。レゾは病院の名前を聞いて、すぐに見舞いに行くという。


「お前も行くか?」


「ああ。もちろん!!」


コールは友人のことが気がかりでならない。


二人はレゾの運転で病院へと向かった。


ノリさんは処置をおえて眠っているとのことで、お姑さんが一人で見舞いにきていた。奥さんは今日は夜勤で、すぐに見舞いたいが人手がたりない状態らしい。


ノリさんには娘が一人いるが、動揺しているのでひとまず、家で留守番をさせているとのこと。


「なんか、いるもんあったら買ってきますけど」


レゾが言った。


「いやあー、なんとかなりますけん、会っていってあげてください」


コールの知るお姑さんは糸目のやさしそうな顔の人だが、さすがに今日は表情がこわばっていて、コールたちを見て、少し心がやわらいだように見えた。


「かわいそうになあ⋯⋯なんの悪いこともしとらんのに⋯⋯」


お姑さんのあたまがうなだれる。白髪まじりの灰色の髪がうつむいたまま、コールたちを先導して歩いていく。うなだれているぶん、その背中がよりいっそう、小さく見えた。


「そうですね⋯⋯」


コールは心からそう思った。


ノリさんと家族の仲はすこぶる良好で、お姑さんとはまるで本当の情がある親子のように仲がよかった。コールはたびたび、ノリさんから家族の話を聞かされていたから、今の状況はコールに、より悲壮感を感じさせるのだった。


病室のドアを開け、お姑さんが中へ入っていく。コールとレゾも続いた。4人部屋のいちばん奥、向かって左手にカーテンがかかっていて、そこがノリさんのベッドらしかった。


「ノリさん、入るよー」


お姑さんが声をかけた。返事がないのでそのままカーテンを開ける。


「ああ、⋯⋯来てくれたんか⋯⋯」


コールとレゾを見て、ベッドの上のノリさんが顔をほころばせた。水色の病院着を着て、右腕だけ白いふとんの上に出して点滴を受けている。


「おかあさん、すんません、」


「なにゆうてるの、ほんなら、私は外におるからね」


「はい」


お姑さんが外に出ていく。


「全治2週間やて」


「そうか⋯⋯」


「何針も縫ってもらったわ。けど、傷跡は残らんようになるやろって。⋯⋯命拾っただけでもよかったわ。ただなあ、うちは女所帯やからな、こんなんでも、わし、いちおう、男やねんから、家族のことが心配やわ⋯⋯。ミヤも家にいるっちゅう話やけど、心配やし⋯⋯」


ミヤはノリさんの娘で10歳の小学生だ。しっかりした気の強い子だが、家に一人で留守番では親としては気がかりだろう。


「いったいなんがなんやら⋯⋯気いついたらここに運ばれとったし⋯⋯コールくんは大事(だいじないか?」


「ぼくは大丈夫。⋯⋯お大事にね」


「おおきに。ありがとうなあ」


「なんか必要なもんがあったら言えよ?なんかあるか?」


「ほんなら、飲みもんを頼んでええかな?お茶が飲みたいんやけど」


「わあった、言ってくらあ」


「すまんなあ、これで頼むわ」


ノリさんがベッド脇の机の上から小銭入れをとって、硬貨を一つわたす。レゾは病室から出ていった。


「傷は痛む?」


「うん、まあ⋯⋯。麻酔が切れてから少しばかりこう⋯⋯ずきんずきんするなあ。今は痛みどめを飲んどる。手術のあとやから、まだあたまがぽーっとしとるんや」


「そう⋯⋯」


「犯人、はよ捕まってほしいなあ⋯⋯」


「そうだね。そうだよね。うん」


コールはけが人のそばにいるにとどめた。





コールはレゾに送ってもらい、マキシナ警察署へ出向いた。その場にいあわせたことは話したが、自分とそっくりな駆体についてはどう答えたものか、少し判断に迷うところがあった。


案の定、それはどういうことかと問われたが、同行して付き添ったレゾがコールの潔白を証明してくれた。


二人は警察署から出たが、足どりは重かった。


「ったく、よく調べもしねえで疑りやがって」


「まあまあ、ーー自分と同じ顔のやつが犯人だなんて言われたら、それは疑いたくなるんじゃないかな?」


「のんきなこと言ってる場合か?」


「少なくとも、ぼくの話を聴いて捜査が動いてくれるんなら、ぼくとしてはありがたいかぎりだよ」


ーー無辜の人々や平穏が荒らされてはならない。コールはそう思っている。


「しかし、なんでそいつはお前の製造番号がわかったんだ?」


「さあ。登録番号は調べようと思えば調べられるんじゃないのかな?地上にも名簿はあるでしょう?」


「そら、あるけどよ。整備工場でも顧客しか見ねえからなあ、そういうのは」


「どこかから調べててはいるんだろうね。ぼくと同じタイプだから、駆体から直接、接続はできないし、よほどの高機能な駆体でも、個別情報を調べるのは手間がかかるよね」


「あまり驚かねえんだな」


「隠してたわけじゃないからね、いてもおかしくはなかった、生き残りが。でも、ぼくはあいつのことは知らないんだ。同じ工場でつくられたとはいえ、全員覚えてるわけじゃないし、まったく記憶にない」


「なんでそんなにおまえさんと戦いたがってる?」


「さあね。いい迷惑だよ。ーーそれに、今回の件はそれだけじゃすまない」


「ああ。とっ捕まえねえとな」


「⋯⋯」


「どうした?」


「なぜ、今なんだろう?ーーぼくはもう何年もこの星で働いているんだ。もし本気でぼくを倒したいのなら、もっと早く情報がつかめたんじゃないのかな?」


「⋯⋯」


「知ってのとおり、ぼくらはメンテナンスがなければ動けない。どうも他に協力者がいる気がするんだ」


「整備用のデータベースで引っぱってみたが、その製造番号はなかったしな。表の業者じゃねえことはたしかだな」


「サテライトが個別にあるなら、もう捕まっていてもおかしくないしね。⋯⋯『カルズ』⋯⋯12番の狙いはどこにあるんだろう?」


「んで、どうするよ?これから」


「仕事したいのはやまやまだけど、この状態じゃ無理だしね。ぼくが動いていたら、また狙ってくるかもしれないし」


「おまえは一度やられたわけだから、相手は興味なくすんじゃねえか?『意欲を持ったやつとやりあいたい』わけだろ?そいつは?」


「だろうけど、100%とは言えないね。警察も、気をつけてくださいとは言ってたけど」


「『いざというときには通報してください』、だろ?頼りねえなあ、あれじゃ」


「むしろ、監視をつけられるほうが大変そうだけどね」


「しばらくは念のため、サテライトに接続するなよ」


「わかってる。頻度は減らしておくよ」


「まあ、1か月に1回接続すればいい仕組みだしな。その間はこまめにバックアップをとっておけよ?」


「わかった」


「仕事はなんとかなるんだろう?」


「簡単に言うね」


コールは苦笑してみせた。


「なんでも命あってものだねだかんな。仕事が大事なのはわかるが⋯⋯。軽く見てるわけじゃねえぞ、仕事を」


「そうだね、わかるよ、それはわかる。何日かは様子を見てみるよ。⋯⋯でも、結局、相手が捕まらないとどうにもならないのか⋯⋯」





ーー不便だなあ、とコールは考える。





「得体のしれねえやつがうろうろしてるかもしれねえんだ、おれたちだって警戒すべきなんだぜ?」


日が沈んだ通りには人気がない。普段なら休みの日でもいくらかは往来があるはずなのが、町は静まりかえっていた。





ーーこれでまた、半オークル派が勢いづくかもしれない。





コールは考えた。


もともと、人間の中に一定数、オークルをこころよく思わない者たちがいる。今回の事件が社会を分断することにならなければいいのだが⋯⋯





ーーなぜわざわざ、周囲を傷つけるようなことをした?けんかをふっかけるなら、ぼくに直接、襲いかかってきたらよさそうなものなのに?





日中の市街地であんな事件を起こしたら、すぐに通報されるだろう。それこそ、『壊し合い』の邪魔が入るのではないか?





ーー作為を感じる。でも、なぜ?





「コール?」


「やっぱり変だ」


「どうしたよ?なにがだ?」


「なんでわざわざ、人が多い公園でいきなり、騒ぎを起こしたんだろう?やつがほんとうにそんな『壊し合い』を望む戦闘狂なら、邪魔が入るのはまっさきに避けそうなものだけど。⋯⋯それに、あいつはすぐに逃げて、ぼくにとどめを刺さなかった。ぼくならせめて、相手の駆体がどうなったかは確認するね。倒したいと思った相手なら、なおさら、そうじゃない?一度、けんかをふっかけた以上、相手はその敵意をわかっているわけだから、ルールのない『壊し合い』の範囲においては危険な芽は摘んでおくにかぎると思わない?」


「たしかにな」


「あいつの目的はぼくだけじゃない気がするんだ」


「⋯⋯」


「公園でオークルが騒ぎを起こすことが目的だとしたら」


「『まだ事件が続く可能性がある』、か?」


コールはうなずいた。


コールは端末を開いて、ニュースや電子掲示板を調べてみた。


「やっぱり、オークルに否定的な書きこみがあるよ。だれかが扇動してるみたいだ」


「どれ、」


レゾが車を路肩に寄せて止める。


「こりゃひでえな、なんだこりゃあ?」


レゾはコールの端末を目で追っている。


目の動きにそって、文字列が上に上がり、下の文字が送られていく仕組みだ。


書かれている投稿は異様な盛り上がりを見せており、身近なオークルに対する嫌悪感から、『全オークルは排除すべき』という極端なものまであった。


「人間もオークルもくそもねえだろ、悪いやつは悪いやつ、いいやつはいいやつなんだからよ」


レゾの言葉にコールは幾分、安心した。


相手によっては犯行に走った駆体と同じ機種の自分が恐ろしく感じられることもあるかもしれないと案じたからだ。


しかし、レゾはレゾだった。それが心からわかったからだ。彼の心の奥底が見えた気がした。


車は再び走り出した。レゾの自宅へ向かう。


自宅に上がるとすぐにレゾがテレビをつける。


マキシナ市長が記者会見をしているところだった。


『緊急記者会見』の字幕が画面の上に出ている。


「今回の事件はまことに遺憾であり、市としては市民のみなさまの安全確保に全力でつくしていきます。被害を受けられたみなさまの一刻も早いご回復をお祈りいたします。また、電子上でのオークルに対する恐怖をあおる書きこみと誹謗中傷はけっして許されません。市民のみなさまがたにおかれましては、冷静な判断と行動をお願いいたします」


「市長さんも大変だねえ、休日だってのに」


レゾはテレビ正面のソファーにもたれこんだ。


「ねえ、この背景のエンブレムだけどさ、」


「なに?」


「ほら、市長さんの後ろに映ってるやつ」


「ああ、マキシナの市章だろ。ーーほれ」


レゾが自分の端末をテレビにかざして、検索結果を見せてくれる。左右に人影のようなものが描いてあって、中央で腕を組み合わせ、片ひざをついて向き合っている。


右の人影の中にはハート型が、左の人影の中には歯車が白く描かれている。


「オークルと人間の和平、ーー平和な世の中を作るための共存をあらわしてるんだったな、たしか」


「たしか、市長さんは立場的には穏健派だったよね?」


「ああ、理想に燃えつつも地に足ついてる路線で市政の改革を進めてるな。全世代に向けて暮らしをよくしようっつって、実際、治安もサービスもより充実をはかってるからな。うけがいい。世辞抜きで、文句を言ってるやつは見たことねえな、おれは」


「これじゃないかな」


「なにが」


「市政の分断」


「つまり?」


「もし、オークルが事件を起こしつづければ、当然、オークルに対して恐怖とか悪意を抱くよね?それが狙いだとしたら⋯⋯」


「またテロが起こるってか?冗談じゃねえ!!」


「可能性はあるよ。⋯⋯最近、どこかで聞いたような⋯⋯どこだっけ?」


「どうした?」


「ラジオだ!たしか、ラジオに市長さんが出てたな、なんて言ってたっけ⋯⋯?」


「おい、コール!!ーー先走ってばっかいねえで、てめえのことも少しは考えろ!!襲われたばっかなんだぞ!!」


「!!」


「?」


「思い出した!!たしかーー」


急に黙りこんだコールを見て、レゾは目をしばたたいた。





43階の廊下にチャイムが鳴り響いた。先日、コールが宅配で訪ねた、せっかちな顧客の家だ。


「こんばんはー!あじさい便です!!」


「なんだ!?なにも頼んどらんぞ!?」


中年男性が出てくる。


「いえ、今日は別件でして」


コールはにこにこしながら言った。


「別件だと?なんだ?用がないなら失礼する」


「物資をゆずってほしいんですけど、ご紹介いただけませんか?」


相手は扉を閉めようとした。コールの手が扉をつかみ、ピタリと止める。


玄関先の男はひどく驚いたらしかった。


「おかしいと思ってたんですよね、あなたが毎回、荷物の配送をせかしてクレームを入れてるから、配送員がとっかえひっかえ変わってました。それは、長く同じ配送員が来ると、都合が悪いからなんじゃないかなって思ったんです。なにか後ろ暗いことがあるなと。荷物を受けとるのに数分早く受けとったからといって、劇的になにか変わるとは思えませんからね。ぼくが音を上げるのを待ってたけど、予想外にくらいついてくるから、扱いづらかったんじゃないですか?」





ーーぼくは仕事としてやってるだけだけど。





コール以前の配送員はみな、この顧客のクレームに音を上げて、配送に行きたがらなくなったのだ。


コールはその点、金のためだとわりきっているので、どんな顧客でも断らずに行く。よほどのクレームが入ったりしないかぎりは。


とはいえ、このゴドウという男がなにを扱っているかまではコールにも見当がつかなかった。


「これ、はずしてもらえますか?」


コールはドアチェーンを目で追う。


ゴドウはすごすごとドアチェーンをはずした。案外、小心者らしい。


コールは室内へと踏みこんだ。


「あららら、そっちかあー⋯⋯」


室内にあったのは白い粉入りの袋。段ボール箱に詰められたそれは、合法的な粉ではなさそうだった。


「!!」


コールは振り返った。


ゴドウがゴルフクラブを振りかぶってコールに向かってくる。


初撃は右腕で防いだものの、めちゃめちゃに左右に振られたクラブが2、3発、コールの胴体に当たった。


コールは相手の腕をつかむと、手からクラブを叩き落とし、そのまま前に向けて放り投げた。じゅうたんの上にゴドウの体が落ちる。


「お菓子屋さん⋯⋯というわけではないですよね⋯⋯?」


いちおう、訊いてみる。


「くそっ⋯⋯!!」


口ひげをゆがめてゴドウがいまいましげにコールをにらみつけた。





ーーどうしようかなあー、これ⋯⋯。





ーーひとまず、通報かなあ、とコールは考えた。





コールの通報で、ゴドウは違法薬物所持の疑いで連行されていった。


コールは、配送していた時に異変を覚えたのであらためて訪ねてみたのだと話をしたが、肝心の目的については話さなかった。


また一から探しなおしだ。








コールはその足でとあるアパートに向かった。


白い外壁のアパートを2階へ向かうと、明かりがついているのが見える。


チャイムを2回押すと、しばらくして家人が出てきた。


「やあ」


「なんの用だ?」


出てきたのはエコーだった。


「ちょっと聞きたいんだけどさ」


「まあ、上がれ」


コールは玄関に入れてもらう。エコーは扉を閉めた。


コールはたたきに立って訊ねる。


「武器、持ってない?」


「ーーは?」


エコーが黙りこんだ。


コールはその返事を待つ。


「なんだ、いきなり。私がだれなのかわかって言ってるのか?」


エコーは今でこそ市役所の市民課所属だが、以前は入国管理局で働いていたことがある。さらにさかのぼれば、エコーはかつて、コールとともに戦った仲間だった。


「そのつてでロケランとか、手に入ったりしないかなと思って」


「不届き者め。逮捕するぞ」


マキシナ市市民課の職員にはマキシナ市条例により、緊急逮捕権が認められている。


「やだなあ、ぼくより先に捕まえる相手がいるでしょうに」


「なんのことだ?」


「見てない?ニュース。今日の事件」


「知らんな」


「ほんとに?」


「帰ってから電源を落としていたところだ。そこにきさまが来た」


「ぼくと同じ型のオークルが自然公園で傷害事件を起こした。ぼくとしてはそいつを止めたい。そこで武器がほしい」


「警察に頼め。今は一般人だろう」


「なにかあったら知らせろとは言ってたさ。なにかあってからじゃ遅い」


「護身用の武器ということか?」


「それだけじゃない。戦える装備がほしい」


「ばかな⋯⋯おまえはあの対戦であれほどーー」


「あいつはぼくと『壊し合いたい』って言ってたんだ、エコー。やらなきゃこっちがやられる。ぼくの友達もけがを負ってる。わけのわからない動機でこれ以上、被害者を出すわけにはいかないんだ」


「お前の家の息子はどうした?」


「レゾに預けてある。しばらくは面倒見てもらえそうだ。ぼくはしばらく、身を隠していることになった」


「⋯⋯少なからずその人々に迷惑がかかるぞ、いいのか?」


「⋯⋯」


「無謀なまねはよせ、おとなしくしているんだ」


「だれも守ってはくれない、それはぼく自身がいちばんよく知ってるんだ。きみだってそうだったろう?」


「⋯⋯」


「頼むよ、エコー。同型機としてあいつは脅威だ。危険な思想を持ってる。ほっといたら危ない。対抗手段がいる。⋯⋯必要なんだ。できれば下したくはないけど」


エコーはコールをゆっくりと見た。


「やられるくらいなら、やる」


コールは言いきった。





ーーここでいちいち難点を挙げていってもきりがないな。





エコーは考えた。


「詳細を聞かせろ。話だけは聞いてやる」


エコーは廊下の奥へ向かっていった。


コールは靴を脱ぎ、そのあとにつづいた。








アパートの居間にはテーブルが置かれている。


二人は椅子に座って、向き合って話していた。コールから概要を聞きおえると、エコーが口を開いた。


「話を聞くかぎりでは、無差別に周囲を攻撃するよう仕組まれているとしか思えないが」


「あれは自分の意思でそうしているようにぼくには見えたけど」


「ハッキングだろうと自分の意思だろうと、はためにはわからないが、きみがそう言うならそうなんだろうさ。それに、そもそも、きみたちの駆体は数が少ない。旧式のオークルを動かして街を破壊する意味がわからん。私が何か仕掛ける立場なら、いちばん新しい型を使うだろうな。そのほうがメンテナンスがしやすい」


「そもそも、メンテナンスできるとこが少ないんだよね、今。部品も希少だし」


「私もそのオークルには会ったことがない。交戦記録にもない。別の部隊だろう」


「味方ならわかるもんね。⋯⋯敵陣営にわたってたってこと?」


「もしくは、代理戦争には参加していなかったかのいずれかだな」


「⋯⋯ぞっとしないはなしだね、きょうだい機で戦ってたかもしれないって」


「⋯⋯私とてそうだ。話を進めよう、それどけの騒ぎを起こしていながら捕まっていない。だれかが回収したのか?」


「この町に協力者がいるってこと?」


「でなければそうそう逃れられまい。町の監視カメラのどこかには映るだろう」


エコーはラジオをつけた。


局を回してみるが、特に急ぎの速報はやっていない。


「テレビないの?」


「うちには置いていない。検索をすればすむことだ」


エコーは静止して瞳を止めると、自身の駆体に接続した電子網から検索をはじめた。


「特にめぼしい記事はないな」


「そう」


「さっきの手段だが、ないことはない」


「えっ!?」


「先日、違法3Dプリンタの製造業者が逮捕された。金属を加工しうる3Dプリンタを500台さばいていたそうだ。⋯⋯このうち、回収されたのは約4割」


「まずくない!?それって!!」


「今のところ、腕のあるものが作ればという範囲にとどまっている。それに、材料の金属類を素人が手にすることは難しい。知識を持ったものがいなければ、便利な文明の利器というだけですむ」


「⋯⋯すべては使いようか⋯⋯。考えさせられる話だね、ぼくらも」





ーーぼくらも、かつて、『兵器だった』身としてね。





ほろ苦い記憶がコールの駆体をかすめた。


「捜査当局が幸運だったのは、密造された兵器が売られる前に押さえられたことだ。製造者は逮捕され、今、検察で取り調べを受けている。」


「知らなかった⋯⋯」


「一般にも出回っている事柄だが」


「ぼく、ニュースとかぜんぜん見ないから。子どもの世話とかあるし」


コールはあたまをかいてみせた。





ーーおまえさんの場合はワーカーホリックじゃないのかい?って、レゾなら言いそうな気がする。





「⋯⋯実は相談を受けたことがあってな」


「なんの?」


「武器に異様に興味を持ってしまうので、どうしたらいいかと。私は、おそらく、思春期特有の力に対する固執か単なるあこがれであろうから、適宜、ゆく道を正しつつ、他の興味への道も開くようにそれとなく進めてみてはどうかと答えたのだが」


「うん、いいんじゃない?」


「⋯⋯とても、あきらめたとは思えなくてな、本人が。母親が困っているんだ」


「そのおかあさんから相談を受けたの?」


エコーはうなずく。


「状況を確認しに行くだけなら付き合ってもいい」


「止めないの?」


「止めるさ、破棄させる。そんなものがあったら。未来のテロリストになりかねん。ーー青少年の健全な成長に本物の武器など不要だからな」


「ぼく、すごい複雑」


武器は手に入れたいが、その話の場にはあってほしくない。


「行くぞ」


エコーは立ち上がった。


「場所、どこ?」


コールも立ち上がる。


「すぐ裏の一軒家だ」


二人はつれだってエコーの家を出た。








エコーの話通り、瓦屋根の2階建ての一軒家がアパートのすぐ裏に建っていた。


呼び鈴に出てきたのはこの家のおかみさんだった。


この人がエコーが相談を受けた母親なのだろう、とコールは思った。


「こんばんは、すみません、こんな夜分遅くに」


「いえ、かまいませんよ」





ーーぼくのときとはずいぶん、声のトーンが違うな。





コールは隣に立つエコーを見やった。


エコーの声はすこぶるあいそがよく聴こえた。


スリッパを貸してもらい、履き替えた二人は2階へ上がらせてもらう。


コールとともに廊下に並んで立つと、エコーがドアをノックした。返事がない。


さらにノックをすると、


「なんだよばばあ!!しつけえんだよ!!下がれ!!」


と怒鳴り声が聞こえた。


「あのー、こんばんはー、はじめましてー」


コールが返事をした。


「ああん!?」


ドアが開いた。中から出てきたのはずいぶん歳のいった男だった。





ーーどこが思春期?


どう見てもはたちは超えている。30手前といったところだろうか。


「えっと⋯⋯」


「18歳だそうだ」


「まじで!?」


「なんだてめえら!!ばかにしやがって!!」


「争うつもりはない。単刀直入に言おう。武器を出せ」


「ねえよ!!んなもん!!」


「ベッドの下に金属の塊があるな。なにに使うんだ?」


「知らねえよんなもん!!てめえ、だれだ!?」


「この裏に住んでいる者だ。失礼」


「あっ!!おい!!」


思いのほか男は非力らしく、ひょいとエコーに部屋の中へ入られる。


エコーはベッドの上からふとんをめくり上げた。白いマットレスと木のベッドの下に、たしかに物が置いてあるようだ。


「こっ、こら!!」


「失礼しまーす」


コールはあわてる男を押しのけて部屋へと続いた。左手の壁際がベッドで、奥が窓、手前のドアの右手に机と椅子がある。部屋の右側の壁には本棚があり、分厚い本がぎっしりつまっている。思いのほか、勤勉そうな部屋だ。


棚に並ぶ本の背表紙を見るかぎり、ほとんどが銃器関係の写真や資料集らしかった。

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