繰り返しの毎日
「愛菜! おれ、愛菜のこと好き! おーきくなったら結婚しよーね!」
となりで、薫が、そういうことをいう。
「……うん。」
そうつぶやいた、覚えがある。6年前の、私は。でも、心のどこかでわかっていたのかな。薫はすぐ、違う人を好きになる、って。
「ねえ、あんたいつまで薫をつきまとってるわけ?」
あ~あ、見つかっちゃった、めんどくさい。どうしてこうも、薫に固執するのよ。
「私はつきまとってないってば。」
「じゃあ、これはなんなの?」
そういって、彼女たちは、スマホ画面を見せてくる。そこには、私が薫をつきまとっているかのような写真が映し出される。
「見間違い? じゃないの? それとも合成とか?」
「いい加減にして! あんたは、どうしていっつも、優奈の邪魔をするの?」
邪魔って言われても……。
「なにもしてないじゃない。」
「優奈は、薫のこと、好きなんだって。だから、優奈の邪魔しないで、あんたはぼっちで帰ったらどう?」
優奈、か。私の親友の名前なんだけど。なんであんたたちに口出しされなきゃいけないわけ?
「どうして、邪魔しちゃいけないの? 別に邪魔したいわけじゃないし。ていうか、私が薫と一緒に帰ってんのって、優奈のためでもあるんだけど。」
「それで、優奈が傷ついてるんじゃん! 無駄なおせっかいで、逆に傷ついてんだから、そこに気づいてあげなさいよ!」
「優奈が傷ついてるなんて、どこに証拠があるの?」
「優奈。来て。」
そう言って、優奈を呼ぶ。
「ねえ、優奈。コイツに、何されたんだっけ?」
「薫のこと好きじゃなくなるまで、お前のこと無視する、って言われた……。」
え……。どういうこと? 私が、優奈をいじめてる、ってこと? これ、何か前にも、感じたことがある……。嫌な予感がする。
「ほら。あんたは、優奈のこと、いじめてる、っていう証拠、でしょ?」
私、優奈のこと、思って。いろいろやってたのに。自分の気持ちをあきらめて、協力してたのに。
「私は、謝らない。」
そう言って、その場を去る。なんで、私ばっかり。結局優奈は、私を陥れたかっただけなのね……。薫、だまされてないと、いいけど。
「そうやってあんたはいっつも、私の邪魔をして……。」
耳元で、呪いの言葉が聞こえる。バッと後ろを向いても、誰もいない。だけど、声は聞こえてくる。
「藍だって、私のものだったのに、あんたが邪魔したせいで、付き合えなかったじゃない。そのうえ、薫でさえ。」
怖い。藍……? 誰? いや、でも……。どこかで聞いた覚えが……。
ズキッ。頭が痛い。助けて。この言葉は、もう聞きたくない……。
「愛菜! 愛菜!」
ふっと、誰かの声で我に返る。薫だった。
「どうしたの? めっちゃ顔色悪いけど。」
「悪くないよ……。ちょっと寝不足なだけで。」
隙あらば、あの、言葉たちが、私を襲ってくる。寝てる時だって、そう。そのたびに、頭がズキズキする。
「大丈夫か? 保健室、行くか?」
「大丈夫だって、言ってるでしょ!! しつこいんだから。」
しまった。頭がボーっとして、言葉が無意識にきつくなった気がする。
「ご、ごめん。そんなつもりは、ないんだけど。」
私も、怖がらせるつもりは、ないんだけど。
「いや。ごめん。ちょっと、頭冷やしてくる。」
「俺も一緒に——————」
ゾクッ。視線を、感じる。逃げなきゃ、また、なにかに襲われるっ。
「いい!」
そういって、駆け出す、と同時に、私は意識を手放した。
「いい気味。すーぐ倒れちゃって。そんなんじゃ、薫、見向きもしてくれないのも、当然ね。あんたなんか、さっさと死ねばいいのよ。」
夢の中でも、私を、傷つける。私の心は、もう、ズタボロだ。誰なの……。私をこんなに憎んでいる人は。
「藍だって、あなたのこと、好きだったわけじゃないのに。薫だってそうよ。私とくっつくはずなのに、あなたがずっと邪魔してるせいで、全然くっつかないじゃない。やっぱり、こうして近づいておくべきだった。もっとなにやらかすかわからないものね。愛菜なんか、あんたなんか、死ねばいいの……。」
殺意のこもった、言葉にハッと目を覚ます。
「ここは……。」
見慣れない天井。私ったら、いつの間に。
「あ、起きた……!」
純粋な、少し高い声。
「薫……。」
ここに、一番いてほしくなかった。いるなら、まだ、優奈の取り巻きのほうがよかったわ。
「大丈夫? もう頭痛くない? ボーっとしてない?」
今起きた人間にそんな尋問みたいなの、しちゃいけないでしょ。
「ん。まだ、頭がいたい。」
「そっか。ゆっくり休んでね。」
「教室かえって。今、誰とも痛くない気分なの。ごめん。」
「……わかった。」
パタン。彼がいなくなったとたん、生きている心地がしなくなる。
「あらあら。薫に嫌われちゃったんじゃないの? そんなこと、してるから。まあ、しっかり、薫のことは、私がなぐさめておくから、気にしなくていいわよ。」
まただ……。一人になった瞬間、この声が襲ってくる。これは、優奈、の声なの?
「藍のときは、あなたのせいで、なにもできなかったけど、今回は、勝手に滅んでくれて、ありがたかったわ~。」
藍、ってお父さん……? いや、でもまさか、優奈がお父さんのこと、しってるわけ、ないよね。
「あれ、あなた、覚えてないの? 前世のこと。」
前世? そんなもの、信じてないし。あるわけ……。
ズキンズキン、ズキン……。
頭が、いたい……。なにかが、心に引っかかる。————————————思い出した。私、私……。前世、も愛菜だった。藍に、恋して、今みたいに、いじめられてた。そして、優乃を殺して、私も死んだんだ。優奈は、優乃の、生まれ変わり?
「あら、思い出したみたい。もう、あなたに殺されるのは勘弁よ。私が代わりに、殺してやる……!」
いやっ。だれか、私を、助けて……。
ガラッ。
「死ねぇっ!!」
保健室に入ってきた、何者かに、私は刺される。——————何者か? いや、優奈、だよね。私は、ちゃんと優奈のこと、好きだったのに。優奈は、私なんか、いらなかったんだ……。
「ゆ、な……。スキ、だ、った……。」
息も絶え絶えに、私は最後であろう言葉を告げる。それが、彼女に届いていたかなんて、もう、わからない。
優奈side
「ゆ、な……。スキ、だ、った……。」
最後に、あなたが放った言葉。私は、あなたをいじめたし、なんなら、今、殺しているし。なのに、どうして、そういうことを言うの?
「……っ、もう……、遅いのよ……。なにもかも。」
ガラッ。
誰かが、入ってくる。
「優奈……。」
薫だった。あ~あ、意外と見つかるの、早かったな。
「愛菜!? 愛菜!!」
すぐ、愛菜に、目が行くところ。薫のそこだけが、嫌いだった。
「おい、愛菜を、なんで、こんなこと……。」
そんな、憎しみの目で、私を見ないでよ。確かに、私が悪いかもしれないけど。
「私は、殺してない、って言ったら?」
「嘘だ……。この、包丁、お前だろ? 指紋さえとれば、お前だって、すぐわかるさ。」
それに、指紋があるわけないじゃない。証拠隠滅くらい、誰だってするわよ。
「さあ、じゃあね。言っとくけど、私はやってないから。」
とでも言っときましょうか。結局、あなたは死ぬ運命なんだから。
「優奈……。俺は、少なくとも、お前のこと、嫌いじゃなかった……。」
別れ際に、そんなこと言われても。愛菜のほうが大事なんだもんね。知ってた。
「私は、もう、いいかな……。」
そう言っても、誰も、反応なんてしてくれない。一緒に、愛菜をいじめてたあの子たちだって、私が好きなんじゃない。愛菜のことが嫌いだっただけ。だから、誰も、助けてなんて、くれない。そんなこと、わかりきってる、最初から。あの子たちも私を利用しただけ。私もあの子たちを利用しただけ。
「だ~れも、味方なんて、いないんだ。……私が、愛菜を、この手で……、殺してしまったから……。」
私は、一番、大事な人を、殺してしまったのかな。結局、愛菜だけが、私を好きでいてくれたのか。
「ごめん、ね……。私、今になって、後悔してるよ。」
そっと、屋上の柵に手をかける。もう、これで、昔の愛菜と、一緒だね。愛菜も、つらかっただろうな。今まで、いじめられて、つらかったんだろうな。って言っても、そのいじめは、私が加担してたから、何とも言えないけど。
「でも、私は、愛菜に、殺されたんだよね。」
愛菜が、死んだのは、いつだって、私のせい。けど、私も、貴女のせいで死んでいるのね。もう、いいよね。
「おい! 優奈! お前、やめろ!」
幻聴さえ聞こえてきてしまう。どうして、ここで、薫の声がするのよ。私、本当に、愛菜に嫉妬できるような、気持ちを、薫に対して、持ってた?
「優奈! 聞こえてんだろ! やめろって!」
ふいに、腕をつかまれる。そこには、正真正銘、薫がいた。なんで……、愛菜は……、どうしたのよ……。
「ま、な、は……?」
「ほかのやつらに、任せたよ。お前が死んじゃうんじゃないか、って思ったから、来た。愛菜が、なんで死んだかは、もう俺には、わからないけど。」
「そりゃ、そうだよ……。私が……、私が……っ。」
「わかってる。愛菜の親父に、聞いたことあるんだ……。あの人が、俺らと、同じ歳だった時、あの人の、好きな人が友達を殺して、自分も死んだ、って。」
知ってる、言われなくても、知ってる。何もかも、私が、やったことだもの。でも、薫は、そんなこと、知らないんでしょ? 知らないで、言ってるんでしょ? 私たち二人が、あの時の、生まれ変わりだと知らずに。やっぱり、あの時、藍は、愛菜のことが、好きだったんだ。
「それが、今、この状況に、あてはまりすぎて……。怖いんだ。愛菜まで死んだのに、優奈まで、いなくなるのは、俺、やだよ。」
どうせ、その言葉は、そういう意味じゃない、って知ってる。でも、こんなこと言われたら、死にたくても、死ねないわよ。
「ごめんね、愛菜。私、あなたのこと、愛せない運命みたい。一度でいいから、愛したかったよ。」
どうやって、がんばっても、私たちは、死ぬ運命なのかな。
だって、あれだけ、何度も出会っても、絶対、15でさよならしてるわ。
でも、私たちは、ずっとその運命を、どこにいたってたどっていかなきゃいけないね。
死ぬ、それは生きること 久米橋花純@旧れんげ @yoshinomasu
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