死ぬ、それは生きること
久米橋花純@旧れんげ
さよなら…
静かな部屋に静かな彼女。あぁ…、やってしまった…。私の手は、顔は、足は。生温かい液体まみれ。
「こんなことになるなら、早く…、さっさと…死ねばよかった…。」
そんなつぶやきはひとりごととなって闇へ消えていく。こういうときにヒーローが助けに来てくれるなんて、そんなの、小説の中だけだ。私は結局、悪役のままこの世を去る。
「ごめんね。そして…、さよなら。…
その言葉が私の最後の言葉となった——————。
私と優乃の出会いは三年前だった。中学校を入学して初めて会ったんだ。その時は出席番号が近い。ただそれだけだった。そのあと、彼女のことを知っていくごとに彼女のことが好きになっていた。一緒にいることがとても楽しかったんだ。
「実はさ…、私、
その告白を受けた時だって、全力で応援してた。私が彼を好きになってしまうまでは。
「今日さ…、藍くんと話せたの…!」
そうやって目を輝かせて話す彼女。あぁ、もう私に勝ち目なんかないんだな、って。思い知らされた気がした。だから、勝つ、なんて目標にしない。でも、せめて…、横に並ぼうと頑張ってた。
「ねえ、優乃がかわいそうだと思わないの?お前なんかじゃ、藍くんに届くわけないんだからさ。さっさと諦めたらどうなの?」
どうしてよ。人を好きになるのは勝手なんじゃないの?別に横取りしようとしてるわけじゃないし、勝手に想ってるだけだからよくない?なのになんで私だけ…。こんな風に言われないといけないの?それは理不尽なんじゃないの?
色んな疑問が頭をかすめる。でもそれを口に出すことはなかったんだ…。
「これ以上、藍くんに近づこうってんなら、容赦しない。優乃はあなたと違って、入学式の時から好きなんだからね。」
なんでよ。いつ好きになったかなんて関係ないじゃん。私は彼を好きでいたいの…!
それからは、いじめが絶えなかった。少しでも話すと、彼女たちが文句をつけてくる。たとえ、業務連絡だけだとしても。だから、荒れ始めたんだ。私の心は。でもね、決して彼のことをあきらめたわけではなかったの。LINEだってしてるし、彼女たちにバレないように話したり、遊びに行ったり。
「なあ、めっちゃ楽しいな!!」
そういって太陽みたいに笑う彼。彼は私がいじめられていることに気づいてくれた、唯一の存在だった。
「ねえ、私が前に言ったこと、忘れたの?藍くんに近づくな、って言ったよね?」
彼女たちは、友達だと思っていた。少なくとも、私は。でもやっぱり、信じた私が悪かった。結局、近くにいたって私のことを好きでいてくれる人なんて、いないんだ。
「あれは…。あっちから話しかけてきて…。」
「関係ないわよ。私は藍くんに近づくな、って言ったの。話しかけられたら無視でもなんでもすればいいだけでしょ。」
ガラッ
開くはずのない、空き教室のドア。なのに、
「…。」
どうして、藍がここにいるの?藍は普段、無口だ。でも、私の前では結構話してくれる、 と自負していた。しかも正義感が強いから、彼女たちになにか言うのかと思った。
「なあ、一緒に帰ろうぜ。」
そう、私にだけ聞こえる声で、話してくれる。
「……うんっ!」
私はそう返事して、そそくさと教室を出ていく。彼女たちの皮肉たっぷりの罵声を聞きながら。
「ねえ、藍。どうして私に話しかけるの?」
「え、だって、一緒にいるの、楽しいじゃん。」
こんなことを言ってくれるのは、彼だけだ。でも…、どうせ彼も…、優乃のことが好きなんだろう、と思ってしまう。
「私さ、藍のこと好きなんだ。別に付き合ってほしいとかじゃなくて、普通に好き。」
「ごめん…。俺、好きな人いるんだよね。だからさ、ごめんね。」
「…そっか。」
結局、私はだれにも愛してもらえないんだ。最も愛していた藍にでさえ。神様は不公平だ。私だけ、だれにも愛されないなんて。もう少しだけ、幸せでいたかったな…。
「これからも友達でいろよ!」
「藍…。さすがにそのつもりだよ。」
あと少しだろう。彼が愛する人と付き合うのは。
憎しみ、妬み、怒り、恨み。そんな感情があふれてやまない。早くどっか行ってよ!私はきれいなままでいたいのっ…!そんな願いもむなしく、私はいじめられる、ストレスがたまる、どす黒い感情が浮かび上がってくる。そんな悪循環だ。先生に一応言っても、私が悪者扱い。そんな中、親友だと思っていた優乃は私を助けるどころか、あちら側に加勢する。その様子を見た途端、私の中で、ガシャンと音を立ててなにかが崩れ落ちる。優乃への思いやりも、私の最後のプライドも、なにもかも。すべてが破壊された。私は、なんのために生きてたんだろう…。自問自答したってなにも返ってこない。
「あぁ、死にたいよ…。」
そんな言葉が自然と出てしまうほど、私は疲れていたんだ。
「私に何の用?」
誰も知らない私の隠れ家。そこに、優乃がいる。ごめんね、こんな子で。私も後悔してる。
「さよなら…。優乃…。」
彼女は、私の怪しい気配を感じて、身構える。でも、もう遅い。私じゃない、なにかにコントロールされた私は、彼女を捨てた。この世から。
「ははっ…、どうしてなんだろう。わたしはどうして生まれてきたんだろう…。」
涙がこぼれる。私が選んだ道なのに。何か間違っているような気分になる。人を殺してる時点で全てが間違っているんだけど。私はまだ未練があるみたい。でも、死ぬのは決めた。そのうち誰かが見つけてくれるであろう遺書を作成した。
「さよなら…。優乃。私たちは最後まで親友になれなかったね。」
その言葉と共に涙を一粒落とし、私はこの世を消え去った。
藍side
どうしてだろう。こっちの方に体が引き寄せられる。たどり着いた先は…カフェ?みたいな?静かなところ。なにも動いていない。
「……っ。」
その先に見たものは、この世のものとは思えない。ホラー映画とかで見たことあるけど、実際は、比べ物にならないほど、怖い。ふたりは、息を引き取っているのだろう。あたりは血塗(ちまみ)れ、ふたりは動かない。まわりに、赤い血にまみれて包丁が置いてある。その隣のカウンターらしきところには、白いもの。この場所からはあることしかわからないけど、警察が来るまで、ここから先は踏み入れちゃだめだろう。
「ここですか?」
「はい。そうです。」
「…。あの白いものは、遺書…ですね…。」
「読ませていただけますか。」
「指紋取り終わってるのでどうぞ。」
遺書は、四つに折りたたまれたルーズリーフだった。そこにはきれいな文字が並んでいる。
『 藍へ
これまでお世話になりました。イジメの件について、まず、深く感謝しています。
私は何となく、藍が優乃のことを好きなのは、察していました。だから、ここで謝らせてください。あなたが愛した人を殺してしまってごめんなさい。あなたに嫌われることはわかっていました。だから気にしていません。
しかし、私の心が様々なことによって黒く、深く染められ、このようなことを起こしてしまったことはわかってください。私からの最後のお願いです。
私は、優乃を殺したことは後悔していますが、私が死んだこと自体は、後悔していません。なんなら、もっと早く死んでいたほうがよかったんじゃないか、とさえも思っています。
最後に、藍に多大なる迷惑をかけたこと。とても後悔しています。いくらあなたが私のことを嫌いになろうとも私は藍のことが大好きです。
さよなら。また逢う日まで。 』
名前は書いていないけど、文字で分かる。その文字は、かすかににじんでいる。どうせ泣きながら書いていたんだろう。あれから、アイツはとても怖くなった。でも、人の心は失っていなかった。なのに…、なのに…なんで…。
「どうしてだよっ。15歳なんて…、早すぎるだろ…。」
あぁ、俺があの時、気が利いたことが言えたらこんなことにはならなかったんだろうな。俺が、優乃のこと好きじゃない、って、はっきり言うべきだったのかな…。
「うっ、うう…。」
悲しみがあふれ出して止まらない。
ガッ
倒れそうだった俺の体を誰かが支える。驚いて顔を上げると、そこには
「優乃が殺されたんだってな、アイツに。だからお前もこうして泣いているんだろ?」
こいつは、優乃のこと好きだったからな…。だから優乃の味方。俺の気持ちなんて一生わかんないんだろうな…。騒ぎを聞きつけてきたのは、伊織だけではない。他の女子とか、クラスの男子とか。
「優乃、殺されたってよ。」
「どうせアイツにでしょ。」
「アイツ、ずっと優乃のこと、イジメてたんだってな。」
みんな、優乃が死んだことにしか触れない。アイツの命はそんなに軽い存在だった?アイツの命はそんなに価値がなかった?
ブチッ
俺の中で何かが切れた音がした気がする。
「お前らさ、何言ってんの?アイツが優乃をイジメる?冗談じゃねぇ。アイツの人格考えてみろ。いじめができないやつの典型的な奴だ。ていうか、アイツはイジメられてた側だよ!事実も知らずに、よってたかって責めんじゃねえ!!」
みんなの顔がこわばる。俺は普段、口数が少ないからかな…。
「誰がアイツのことイジメてたわけ?ていうか、実際、優乃はつらそうにしてたよ。」
「誰が、は、自白してもらったほうがいいんじゃない?」
ザワザワ
誰が犯人かを捜してるみたいだけど。言わなきゃわからないものってあるじゃん。
「言わないなら、俺が言うけど。バレたときに自白できないなら、イジメるの、やめたほうがいいんじゃないの?工藤さんたち。」
「「「…っ!」」」
赤面している。みんなの前でさらされるのが嫌ならもとからイジメんなよ。なんにもならないだろ…。
「おはよう…。」
あの二人がいなくなってから、静まり返っている教室。あの二人が消えてから早二週間もたつのに、教室はとても暗い。俺はちょっとだけ浮かれてしまっていたけど。
「そういえばさ、なんで優乃が殺されたの?」
ふと、空気を読めない誰かが口に出す。それは—————————————
「殺すとしたら、イジメてた側の工藤とかのはずじゃん。」
「うっ…。確かに、殺されるとしたら私たちだよね…。」
「あ、俺、わかったかも!」
ハイハーイと言って手を挙げる伊織。
「嫉妬とかじゃない?二人とも藍のこと好きだったからさ。」
「え、そうだったの!?」
「二人で取り合ってた、ってこと?」
「てか、嫉妬だけで殺すとかヤバ。」
好き勝手に想像して、なにが楽しいんだろう。結局こいつらはアイツを蹴落としたいだけなのだろう。
「藍は?どっちを選ぶの?」
周りからの圧力を初めて感じた気がした。答えざるを得ない場面だろう。
「さあ…、どっちだろうね。」
曖昧な返事をする。どっちを言ってもなにか言われそうな気がする。
「とりあえず、嫉妬で殺した、ってことでいいっしょ。」
そんな軽く言うのか。やばいな。こういうのがいるからいじめが無くならないんだろうな…。
「先生!おはようございます!」
生徒たちから話しかける。こんな感じなんだ。入学して一か月もたつはずなのに。先生として。周りの人に恵まれ、妻ができ、今、妊娠中だ。
「先生~?今日の授業何やるんですか?」
「今日はな、いじめについてだ。」
俺はこの授業だけは、子供たちに重く受け止めてほしい。ほんとに、他の教科は覚えてなくてもいいから。この授業だけは、他人事に思わないでほしい。
「イジメはしちゃいけないって、いうのは昔から色んな人に言われてきてるだろう?でもな、いじめっ子ってそういうのをわかっててやるんだ。先生が中学生の頃、ある女の子がいたんだけど—————————————————」
バン!!
「藍先生!奥様が陣痛だそうです!!至急病院へ…」
「——ゃぁ。ぉぎゃあ。」
生まれたのかな。病室から元気な声が聞こえてくる。入ってよくなったら、すぐにでも我が子の顔を見たい。
「旦那様ですか?赤ちゃん、生まれましたよ。見てあげてくださいね。お父さんになるんですから!!」
あぁ…、お父さんか。我が子はどんな顔なんだろう…。…!!アイツに似てる。
「おお、かわいい子だな…。」
「でしょ?名前、考えてあげた?」
「俺の、古い友達に似ているんだ。だから、そいつの名前を借りようと思う。」
「まあ。その方はご存命でしょ?しかも女の子なんだから。なんだかやだわ。」
「いや、アイツは亡くなっているんだ。15の時に、な…。」
「…そう。ならいいわ。」
「そうか。じゃあそれで決まりだな。」
そんな俺たちの赤ちゃんの周りには、太陽の光がぽかぽかと当たっている。俺はその光景に見覚えがあった気がした。
「これからよろしくな。愛菜。」
お前だけは、長生きしろよ…。今度こそ、な…。
そんな願いもむなしく、彼女にとても似たこの子は、生まれ変わりの様に同じ人生をたどることを俺たちは知らない———————————————。
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