第1部 第4話 十二の音と、もうひとつの死
神納ニュータウンの午後は、不気味なほど静まり返っていた。
それは単なる住宅地の平穏ではなく、何かが沈殿しているような重たさを含んでいた。
綾乃は、出勤途中にふと中庭の奥へと視線をやった。
普段なら意識すらしない場所。
だが――そのとき、
「チーン……チン、チン……」
あの柱時計が、12時を告げる音を響かせた。
(また、この音……)
一瞬遅れて、「ドサッ」という鈍い落下音が背後から響いた。
反射的に振り返るが、誰もいない。物音の正体も見つからなかった。
だが、その既視感は昨日のそれと酷似していた。
足元の空気が妙に重く、体温を奪うような気配が立ち込めていた。
夕方、病院に1本の通報が入る。
「近くの遊歩道の植え込みで、人が倒れている――動かない」
急いで搬送された男性は、身元不明。
年齢は30代後半から40代前半と見られ、外傷も薬物反応もなし。心肺停止状態で発見された。
死亡が確認された場所は、神納ニュータウンの“中央広場”。
(あそこは……あの、祠の跡地……)
綾乃は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
ほんの数日前、YouTuber《Town Code》が指摘していた“中心”の場所。
そして夜。綾乃のスマホが再び震える。
🟥【LIVE配信中】《Town Code》
『神納の十二時、再び誰かが落ちた』
タップすると、動画が始まる。
いつもは軽口混じりのサトシの声が、今夜は妙に低く、慎重だった。
『今朝、匿名で届いたんだ……これは、“祠の下にあったもの”かもしれない』
画面に映るのは、煤けた和紙。
その断片には、かすれながらも墨文字が残されていた。
――「十二、時満ち、神ヲ還ス」
同じ言葉が、再び現れる。
『何かが始まってる。偶然なんかじゃない。連鎖だ』
サトシの言葉に呼応するように、綾乃の心臓が不規則に跳ねた。
夜。マンションのエントランスを通ると、またあの鐘の音が響く。
「カーン……カーン……」
柱時計の音が、空間にゆっくりと染み渡っていく。
その音に混じるように、微かに“呻き声”のようなものが聞こえた。
(誰か……いる?)
振り返っても誰もいない。
けれど、気配だけが確かにそこにある。
ゆっくりと顔を上げる。
8階の吹き抜け、その先にあるステンドグラスが、夜の闇に白く揺れていた。
その向こうに――“何か”がいる気がした。
それは、偶然にしてはあまりに必然すぎた。
綾乃の中で、ひとつの確信が静かに芽生え始めていた。
(この町は、過去を眠らせたままにはしてくれない)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます