第1部 第5話 封印譚(ふういんたん)

――あんたは、よう泣く子だったねぇ。

日が暮れるころになると、決まって空を見て怖いって。――


綾乃は、幼いころ曾祖母から聞いた言葉を思い出していた。

あれは、幼稚園の節分の日。

鬼の仮面を見て泣きじゃくり、帰り道に手を引く曾祖母がぽつりと話し始めたのだ。


「この町の裏山には、昔、“白い神さま”がおってね……見た目は、立派な牡鹿。でも、目だけが……真っ赤で火の玉みたいでねぇ」


綾乃は子ども心に、絵本に出てくるような神さまを思い描いていた。

だが曾祖母の表情は、どこか陰りを帯びていた。


「その神さまは、本来この土地を守る山の神だった。でも、昔の村人たちは、その神を祀る代わりに、“命”を差し出してのぅ」


呪を施した祠に神を封じ、生贄を捧げて村の繁栄を願った――。

その役目を担ったのが、神納村の豪商・綾小路家だったという。


「でも、ある年、村の若者が生贄に選ばれたとき、村人たちが怒ってな。その一族を皆殺しにしてしまったのさ」


生贄を捧げられなくなった神は怒り、土地に災いをもたらした。

田畑は枯れ、疫病が流行り、子どもが生まれなくなった。


「その時、旅の高僧が、荒ぶる神を鎮めたんだが、神は長くこの村に

留まりすぎたんじゃ。呪から、村から解放された神そのものは山へと姿を消したが、“神の名残”は消えず、その力を祠に封じて鎮めたんだよ」

(……あの祠。中央広場にあった、あれが……)


綾乃の頭の中で、記憶と現在が静かに結びつき始めていた。


昨夜の動画に映っていた、白い毛むくじゃらの影。

それは曾祖母が話していた“白い神”と重なって見えた。


さらに思い出す。

曾祖母の家に飾られていた鹿の角の置物。

「神の名残」だと聞かされ、子どものころは触るのを躊躇っていた。


仕事帰り、綾乃は神納市立図書館に足を運んだ。

古いニュータウン開発のパンフレットが収蔵されている資料コーナーを探る。


あるページに、見覚えのあるイラストがあった。

町を俯瞰した図とともに、こう書かれていた。


――「この土地には、山の神の神気が流れています。人と自然と心がつながる、理想のまちづくりを」


だが、その背景に描かれた“広場”は、まるで祭壇のようだった。

円の中央に据えられ、そこから道が放射状に伸びている。


(これは……偶然じゃない。最初から、“意図された形”だったんだ)


綾乃は深く息を吸い、そっとパンフレットを閉じた。


あの祠は封印の要だった。

そして、その封印がいま、綻びはじめている――。


綾乃の中で、物語は伝承に。

伝承は、いままさに現実に姿を変えようとしていた。


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