第1部 第3話 上空からの謎かけ

――『上から見なきゃ、見えないものってあるんだよ』


その言葉とともに始まるのは、YouTuber《Town Code》の新着動画。

動画の再生ボタンを押した綾乃の前に、ドローンで撮影された俯瞰映像が広がっていく。


神納ニュータウン全景。

並木道に沿って規則的に配置されたマンション群。

そして、それらの建物群が形づくるのは――逆卍(ぎゃくまんじ)。


「……ほんとに、逆卍……?」


綾乃は、言葉を失った。

上空から見ない限り、決して気づかないはずの形。

だが、動画の中でその構造は人工的に強調され、ひとつの“陣形”として浮かび上がる。


『円の中心にある広場から、まるで四肢のように道が伸びている』

『その道に沿って建てられたマンションや病院は、まるで“生贄の拠点”みたいだろ』


画面は切り替わり、静止画となった地図の上に赤い線が描かれていく。

中心に位置する広場――そのすぐ近くにあるのが、綾乃が勤務する病院だった。


(中心……?)


『この町は、かつて“神納(かんのう)村”という集落だった』

『江戸時代、山の神を祀る祠があったとされ、その神を封印するために、特殊な陣形が組まれたという噂もある』


次のカットでは、古い地図とともに、過去の祠の写真が挿入される。


『でも戦後、ニュータウン開発の名のもとに、その祠は取り壊され、代わりに“モニュメント”が建てられた』

『場所は、現在の広場の中心だ』


綾乃は思い出していた。

小学生の頃、広場の隅にあった小さな石造りの社。

子どもたちはそれを「封印の祠」と呼び、誰も近づこうとしなかった。


だがある時期から突然その祠は姿を消し、代わりにカラフルなモニュメントが立てられた。


(あの祠は……やっぱり、ただの古い建造物なんかじゃなかった)


『俺たちの考察じゃ、この町は“何か”を封じ込めるために設計された』

『だけど今、その封印が綻び始めてる。きっかけは、12時と24時に鳴る“鐘の音”だ』


柱時計の音が再び動画内に響く。


「チーン……チン、チン……」


耳が思い出す。

あの重たく鈍い鐘の音。自分の住むマンションで、確かに響いた音。


『そして、この町にまつわるある記録に、こう書かれていた』


画面に映るのは、焼け焦げた和紙に墨で書かれた文字の断片。


――『十二、時満ち、神ヲ還ス』


「……神を……還す……?」


綾乃の背筋がぞわりと粟立った。


動画の終盤、ドローンの映像に突如ノイズが走り、画面端に白い“何か”が映り込む。


角のようなもの。毛むくじゃらの巨大な影。


(あれ……なに……?)


はっきりとは見えない。

だが確かに、何かが“そこにいた”。


綾乃は深く息を吸い、動画を止めた。


現実と都市伝説の境界が、ゆっくりと溶け始めている。

それは単なる偶然の連鎖ではない。


――この町には、何かが眠っている。

そして今、それが目を覚まそうとしている。


そう確信せざるを得なかった。


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