第1部 第2話 失踪と噂
「……真弓さんが?」
その朝、綾乃はナースステーションで思わず声を漏らした。
夜勤明けから一日置いての勤務日。
いつもなら明るい笑顔でコーヒー片手に現れるはずの同僚・望月真弓が、姿を見せなかった。
「昨日から連絡がつかないのよ」
主任看護師がスマホを手に、困惑した表情を浮かべる。
LINEにも既読はつかず、電話も応答がない。家族も心配して病院に連絡してきたという。
「無断欠勤なんて、あの人に限って……」
綾乃の胸に、不穏な感覚がじわりと広がっていった。
――昨日、見た影。
――ステンドグラスの下で聞いたあの重たい鐘の音。
何かが、じわじわと現実を侵食しているような、そんな感覚。
午後になり、院内のLINEグループに不可解なリンクが流れてきた。
🟥【#拡散希望】またか?都市伝説の町に新たな犠牲者!?
【動画】深夜の逆卍マンションで響いた“謎の鐘”とは…(4分38秒)
サムネイルには、綾乃が住むマンションのエントランスが映っていた。
「……うち……?」
思わずタップした指先が震える。
動画の冒頭、若い男性の声が軽口混じりに語り出す。
『今日の現場は、“逆卍タウン”のど真ん中!例のマンションだ!』
『12時と24時にだけ鳴る、謎の鐘と、映り込んだ“何か”……それがこれ』
映像が切り替わると、夜のエントランスが映し出され、柱時計の鐘の音が遠くから響く。
そのガラス越し、ステンドグラスの裏を、不自然に背の高い黒い影が横切った。
(あれ……昨日の、あの黒い影?)
記憶の映像が、動画の映像と重なり始める。
心拍がじわりと上がっていくのを感じながら、綾乃は目を離せずにいた。
『この町には、“封印された神”がいるって噂、知ってる?』
『人間を捧げる“生贄の輪”って説もあるんだよ』
ぞくりとする言葉が、脳裏をざらついた風のように通り過ぎていく。
チャンネル名は《Town Code》。都市伝説系の考察グループで、今ネット上で話題になっているらしい。
だが、問題はその動画の投稿日――真弓が失踪したとされる“前夜”だった。
偶然なのか、それとも。
綾乃の胸に、柱時計の音とエレベーターの物音が再びよみがえる。
その夜、中庭を見下ろす位置にある廊下で、綾乃はマンション管理人が誰かと話している姿を見かけた。
黒いパーカー姿の若者。顔は見えなかったが、その後ろ姿には見覚えがあった。
(……動画に映っていたYouTuber……?)
背筋をなぞる冷たいもの。
まだ誰も気づいていない。
この町で、何かが――目を覚まし始めている。
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