草葉の陰

草葉の陰



登場人物


綾子 大学生

ゆきな 高校生


◯居間

   ラグが引かれ、ローテーブルに置かれた居間。テレビがついている。

   綾子とゆきながローテーブルに向かって座ってテレビを見ている。

   テレビの中では中年男性ののどもとにに包丁をつきつけて崖の上に立つ女性とトレンチコートを着た男性の刑事が向きあっている。

テレビの刑事の声「やめろ!! そんなことをしても、あんたの恋人は喜ばない!!」

テレビの女性の声「そんなことない⋯⋯!! 彼だってそう望んでる⋯⋯!! あんたになにがわかるの!?」

   テレビ画面を見ている綾子とゆきな。

   ゆきな、ローテーブルからポテトチップをつまんで1枚食べる。

ゆきな「出たよ、定番展開」

綾子「だいたい恋人か家族だもんねー」

ゆきな「いや、そっちじゃなくてさ」

綾子「なに?」

テレビの女性の声「うわああああー!!」

   テレビの中の女性が包丁を手からとり落とす。

   女性を捕まえる刑事。

テレビの中の男性の声「刑事さん!! 早くそいつを捕まえてくれよ!!」

テレビの刑事の声「増田さん⋯⋯あんたにもこの件で後で話、聞かせてもらいますぜ」

テレビの中の男性の声「くっ⋯⋯!!」

   テレビの中で刑事に連行されていく女性。

   音楽が流れ、ドラマのエンドロールが流れる。

   ローテーブルの上からリモコンをとってテレビを消す綾子。

ゆきな「ねー、お姉ちゃんさー、」

綾子「んー?」

   ポテトチップをまとめて数枚つまむ綾子。

ゆきな「あたしになんか隠してない?」

綾子「なに?いきなり?」

ゆきな「あたしたち、ほんとにきょうだいなん?」

綾子「は?」

ゆきな「あたしたち、ほんとにきょうだい?」

綾子「いや、きょうだいだけど。なんで?」

ゆきな「絶対うそでしょ」

綾子「うそじゃないけど。ここでうそつく意味がわからん」

ゆきな「だって、漢字じゃん」

綾子「はあ?」

ゆきな「お姉ちゃんは漢字であやとりのあやで綾子じゃん。あたし、ひらがなじゃん。もうこれ、きょうだいじゃないよね、別人だよね」

綾子「いやいやいや!! 生まれも育ちも同じ父さんと母さんの子ですけど!? あんたとあたしは」

ゆきな「いやさ、普通そろえるでしょ、名前は。漢字なら漢字、ひらがなならひらがなにするでしょう。ーーずっと疑問だったんだよねえ」

綾子「それは、あたしが、綾子って名前、テストで書くの大変だしめんどいし、画数が少なくてひらがなのがかわいくない?って父さんと母さんを説得したからだよ!!」

ゆきな「⋯⋯ほんとに?」

綾子「いや、ほんとだって。ていうか、ゆきながいいって最初に言いだしたの、あたしだし。かあさんも納得してくれたし。とうさんも納得したし」

ゆきな「うーん⋯⋯」

綾子「まちがいないって!! あんたが生まれた日、あたし、夜までとうさんと病室の外で待ってたんだからさ! おなかのおっきいとこも見てるし!」

ゆきな「でも生まれた瞬間は見てないじゃん? そのあいだにベッドでとり違えが起きたのかも」

綾子「見たって言ってるのに!!」

ゆきな「だって、生まれたその瞬間は見てないわけじゃん」

綾子「いや、こんだけ顔がそっくりなんだからきょうだいでしょうよ!!」

   立てた人さし指で自分とゆきなを交互に指さす綾子。

ゆきな「百歩ゆずって、だ」

綾子「ゆずるなよ」

ゆきな「お姉ちゃん、あたしが死んだら、かたき、とってくれる?」

綾子「はい?」

ゆきな「今みたいにさ、ドラマでよくあるじゃん、そんなことしても死んだ人間は悲しまないぞ、ってやつ。あれ、よけいなお世話だと思うんだよね。そんなことだれにもわかんないじゃん、あたしだったら絶対にくやしいし復讐してほしいよ」

綾子「まあねえ、わからんではないけど⋯⋯」

ゆきな「ね! 復讐して!!」

綾子「やな願いだなあ⋯⋯。復讐するかどうかはあたしの意思なわけじゃん? もしそんなことが仮に、仮によ? 起きてしまったとして」

ゆきな「ドラマの創作の中でいいからさ、考えてよ。ぽっと出の刑事にわかるわけないじゃん、他人だし、仕事でやってるわけだし」

綾子「まあねえ⋯⋯」

ゆきな「『うるせー!! ゆきなは復讐を望んでいるんだ!!』って言ってね」

綾子「そもそも、そんな因縁残して死ぬなし」

ゆきな「じゃあ、ゆきながゆきな役やるよ!!」

綾子「ん? おまえがおまえの役してどうすんの? 復讐してもらう側の役じゃないの? それ?」

ゆきな「『お姉ちゃん⋯⋯絶対、かたき、とってね⋯⋯』(がくっ、とあたまを垂れる。起き上がって、反対側を向き、『ゆきなー!!』」

綾子「あ、そこからなのね」

   ゆきな、両腕で抱えるしぐさをして、

ゆきな「『よくも⋯⋯!! よくもゆきなを⋯⋯!! 許さない!!』」

綾子「⋯⋯」

ゆきな「やる気出てきた?」

綾子「なにを勧めてんだ、おまえは」

   苦笑する綾子。

ゆきな「じゃあ、お姉ちゃん、刑事さんね」

綾子「刑事?」

ゆきな「ほら、早く」

綾子「⋯⋯。『やめろおー、ゆきなさんはそんなことは望んでいない!!』」

ゆきな「『いや、望んでるよ!! 『かたき、とってね⋯⋯』って言ってたもん!! あんたになにががわかる!!』」

綾子「わかった」

ゆきな「?」

綾子「『じゃあ、復讐を手伝ってやるから投降しなさい』」

ゆきな「新しいパターン来た!!ーー『うそだ、あたしのこと、捕まえようとしてる!!』」

綾子「『まだなにもやってないから、今なら戻れるから。かわりに私がやる』」

ゆきな「ええ!?」

綾子「『かわりに復讐しといてあげるから、投降しなさーい』」

ゆきな「『うそだっ!! 他人のあんたにそんなことする義理がない!!』」

綾子「いるかもしれないじゃん、実は犯罪をやりたくてしょうがない刑事」

ゆきな「新しいパターンきたー!! ねえ、それで一本、書いてよ」

綾子「それよりあんたは、そのうたぐりぶかさをなんとかするほうが先」

ゆきな「ねえ、お姉ちゃん、おねがーい」

綾子「あたしは復讐はしないからね」

ゆきな「なんでさ」

綾子「そのために自分の人生をほかで使っちゃうのがもったいないから。それなら笑って暮らせるように心がけるわ。そのほうがまだましじゃん」

ゆきな「そんなもんかなあ?」

綾子「とりあえず、ゆきなはその妙な思いこみをなんとかしなさい。あんたはあたしの妹だし、まちがいなくあたしたちは姉妹だから!! きょうだいだから!!」

ゆきな「信じられないな⋯⋯」

綾子「こんだけ説明してて、なんでまだ信じないかなあ⋯⋯」

ゆきな「あ、実はこういう『きょうだいかどうかかわからない展開』がドラマの途中で来たらおもしろいかも。実はきょうだいじゃないのかも?とか、揺さぶりかけてさあ⋯⋯」

綾子「⋯⋯もう勝手にしな⋯⋯」

   肩をすくめる綾子。


(了)









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創作コント集 @luqing

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