第九章「月曜十七時、職員室前の種明かし」

 百周年式典が無事に終わり、週が明けた月曜日の夕方。夕日が廊下を橙色に染め、校舎全体が静かに一日の終わりを迎えようとしている。奥山たちは職員室前に集まっていた。校章プレート奪取事件の真相を突き止めるために、教頭を問いただす必要がある。

「ここで間違いないよな?」岡元が気を引き締めて確認すると、城田が頷く。「うん、教頭先生が美術部に校長のサイン付きで依頼を持ち込んだって話だしね」井上は気だるそうに壁に寄りかかりながら、「まあ、さっさと聞き出して、早く帰ろうぜ」とぼやく。

 すると、職員室のドアが開き、教頭が書類を抱えて出てきた。驚いた顔をした教頭は、奥山たちが並んでいるのを見てぎょっとする。「お、お前たち、ここで何をしている!」

 奥山が一歩前に出て、真剣な眼差しで問いかけた。「教頭先生、今回の校章プレート事件について、お話を伺いたいのですが」

「事件?何のことだ?」

 教頭がとぼけたように答えると、篠崎が柔らかく補足する。「実は、美術部に校章をカラフルに塗る依頼を出したのが教頭先生だと聞きました。その依頼書には校長先生のサインがあったと……」

 教頭はその言葉に一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに苦笑を浮かべた。「ああ、あれか……いや、確かに私が持っていったが、校長のサインを偽造したわけではないぞ」

「じゃあ、あの依頼書は本物だったんですか?」篠崎が驚きの声を上げる。教頭は少し困ったように口を開いた。「あれは……実は私が校長から受け取った極秘メモを、うっかり美術部に持って行ってしまったんだ」

「極秘メモ?」奥山がさらに追及する。

「そうだ。校長が『百周年式典は固すぎるから、もっと生徒が楽しめるように何か工夫をしろ』と書いてあった。それを私がどう解釈すべきか悩んでいるうちに、美術部に相談してしまってな……」

「でも、どうして着ぐるみが動き出したんですか?」篠崎が首をかしげると、教頭は顔を赤らめた。「それは……実は文化祭用のマスコットを練習中に、倉庫の鍵を閉め忘れてしまったんだ。誰かが使ったのだろう」

「つまり、校長の指示を誤解したってことですか?」奥山が少し呆れたように問いかけると、教頭は深々と頭を下げた。「すまない。校長の意図を理解せずに、勝手に解釈してしまった。百周年という大切な式典を盛り上げようと焦ってしまったんだ」

 その言葉に、奥山は少し肩の力を抜き、静かに言った。「規律を守ることは大事ですが、やり方を間違えると逆効果です。今回の件で、教頭先生も学んだのではないでしょうか」

 教頭はうなだれながらも、真剣な表情で奥山を見つめた。「お前たちのおかげで気づかされたよ。本当にありがとう」

 奥山が少しだけ微笑むと、篠崎が横からフォローするように話した。「でも、結果的にはみんなで協力できたし、式典も成功しました。教頭先生のおかげかもしれませんね」

「そうですよ。これからはもっと柔軟にやっていきましょう!」城田が優しく声をかけ、岡元も元気にうなずく。「なあ、教頭先生!もっと楽しくやった方がいいって!」

 植松は静かにメモを取っているが、珍しく口を開いた。「……意図が誤解されたとはいえ、結果的には良い方向に進んだと思います」

 井上は、ふっと笑いながらつぶやく。「なんだ、結局大人も抜けてんじゃん。まあ、そんなもんか」

 教頭は再び頭を下げ、申し訳なさそうに話す。「皆には本当に迷惑をかけた。今後はもっと慎重に考えることにする。すまなかった」

 奥山は最後に一つ息をついてから、校則冊子を軽く叩いた。「教頭先生、今回は目をつむります。しかし、これからは生徒を巻き込む前に、きちんと確認をしてください」

 教頭が深く頷き、改めて六人に感謝の意を伝えた。

 夕日が窓から差し込み、廊下が黄金色に染まっている。みんなが笑顔で職員室を後にする中、奥山はふと振り返って篠崎を見た。彼女は柔らかな笑みを浮かべ、隣に立っている。

(自分一人では成し遂げられなかった。仲間がいたからこそ、解決できたんだな……)

 そう実感した瞬間、奥山は自然と口元がほころんだ。

「さあ、帰ろう」

 篠崎が優しく声をかけ、奥山は「そうだな」と答えた。六人は夕焼けに照らされながら、帰り道を歩き出す。未来へ続く道が、少しだけ柔らかく、温かく感じられた。

 終


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