第七章「金曜二十一時、屋上リハーサルと告白未遂」

 金曜日の夜、校舎の屋上には涼しい風が吹き抜けていた。夕焼けの残り香がわずかに漂い、夜空にはいくつもの星が瞬いている。

 屋上の中央には、洗浄を終えて乾燥中の校章プレートが鎮座している。磨き上げられた真鍮が月光を反射し、冷たい光を放っている。

 奥山はその隣で、風速を測るアプリを起動しながら慎重に見張っていた。夜風に髪をなびかせて、篠崎が横で微笑んでいる。

「綺麗ですね……夜空」

「警戒を怠るな。まだ油断できない」

「うん、わかってます。でも、奥山くんって真面目だなって思って」

「当然だ。規律を守る者として当たり前の行動だ」

 篠崎はくすりと笑った。その笑顔が、奥山の心を不思議と揺さぶる。

 風が少し強まり、篠崎の髪がふわりと舞い上がる。慌てて手で押さえるその仕草が妙に可愛らしく、奥山は思わず視線を逸らした。

「……風速は問題ない」

「え?」

「風速が、だ。プレートが飛ばされる心配はない」

「そっか。でも、夜風って気持ちいいですね」

 篠崎が嬉しそうに呟く。奥山はふと、なぜ彼女がここにいるのかを改めて考えた。

(普通、こんな時間に校内に残るのは校則違反だ。それなのに、なぜ自分は許している……?)

 沈黙が続く中、篠崎がぽつりと呟いた。

「ねえ、奥山くん」

「なんだ?」

「私……厳しいだけじゃないあなたが、好きです」

 その言葉が風に乗って、奥山の耳に飛び込んできた。一瞬、何を言われたのか理解できなかった。心臓が一拍遅れて跳ね上がり、息が詰まる。

「な、何を言っているんだ!」

 顔が熱くなるのを必死に隠しながら、奥山は風速測定に目を戻す。しかし、指が震えて操作がうまくいかない。

「いや、その……ちょっと思っただけです」

 篠崎が照れたように視線を落とす。その柔らかな声に、奥山の胸はぎゅっと締め付けられる。

(なぜ、こんなに動揺しているんだ……)

 その時だった。

「ブィーン……」

 不意に機械音が響き、二人の間に突風が吹き抜けた。頭上を見ると、ドローンが飛来し、校章プレートの上にホバリングしている。

「なんだ、あれは!」

 奥山が叫ぶ間もなく、ドローンは巧妙にフックをかけ、プレートを吊り上げようとした。

「止めろ!」

 奥山は風速計を投げ捨て、ドローンに向かって走り出す。しかし、プレートはどんどん上昇し、屋上の端まで達した。

「ま、待て!」

 必死に手を伸ばすが届かない。篠崎も驚きの声を上げた。

「どうしよう、奥山くん!」

「誰が操縦しているんだ……!」

 奥山は周囲を見回すが、操縦者らしき人物は見当たらない。ドローンは悠々と飛び去り、校庭の方へ消えていく。

 二人は呆然とその場に立ち尽くす。追いかけたくても、屋上からでは手も足も出ない。

「奪われた……」

 奥山が悔しそうに拳を握りしめた。その隣で篠崎がぽつりと呟く。

「やっぱり誰かが狙ってるんですね。あのプレート」

「絶対に許さない……校則違反だけでなく、校の誇りを汚すような真似を!」

 奥山の激しい怒りが声に乗り、夜空に響いた。

 篠崎がそっと奥山の背中に手を当て、落ち着かせるように言う。

「大丈夫ですよ。私たちが力を合わせれば、きっと取り返せます」

「……ああ」

 その言葉が胸にしみこみ、奥山はほんの少しだけ心を緩めた。

(自分一人では限界がある。しかし、篠崎がそばにいると、不思議と冷静になれる)

 奥山は改めて篠崎を見つめ、かすかに微笑んだ。

「次こそ、必ず取り戻す」

 篠崎も微笑んで、力強く頷いた。夜空にはまだドローンの音が微かに残り、二人はその方向を見つめながら、再び気持ちを引き締めた。

(篠崎の言葉……本当に自分を好きだと言ったのか?)

 夜風に髪をなびかせる篠崎の横顔を見ながら、奥山の胸はまだざわついていた。

 終




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