第六章「木曜十六時、美術準備室のペンキまみれの真相」

 放課後の校内は、昼間とは違って静かだ。廊下には人影も少なく、窓から射し込む夕日が長い影を作っている。

 奥山たちは美術準備室の前に集まり、泥だらけの姿を少し整えた。特に奥山は泥が乾いた制服を気にしつつ、きっちりと襟を正す。

「ここが犯人の隠れ家かもしれないんですね」

 篠崎が慎重に扉を見つめる。

「おそらくな。校章プレートを隠すには最適だ」

 奥山はドアノブに手をかけ、深呼吸してから静かに開けた。

 美術準備室の中

 部屋の中は広々としており、様々な美術道具が無造作に並んでいる。イーゼル、キャンバス、ペンキ缶、そして何かを覆うように掛けられた布が目に入った。

「なんだこれ……」

 岡元が布をめくると、下からは赤、青、黄のペンキがこぼれた床が現れた。しかも、その中央には、校章プレートが鎮座している。しかし、プレートはすでに三色のペンキでカラフルに塗りつぶされ、まるで別物になっている。

「これって……校章プレートですよね?」

 篠崎が信じられない様子で呟く。

「間違いない……だが、なぜこんな色に……」

 奥山は眉をひそめ、ペンキの跡を指でなぞった。

 その時、美術部の部員たちが数人、慌てて戻ってきた。一人が驚いた顔で叫ぶ。

「ちょっと!何してるんですか!」

「こっちのセリフだ。これはどういうことだ?」

 奥山が問い詰めると、美術部のリーダー格の男子が口を開いた。

「それ……文化祭のオブジェに使うって依頼されて……」

「依頼?」

「うん、先週、匿名で手紙があってさ。『百周年を祝うために、もっとカラフルにしろ』って。校長先生のサインもあったし、間違いないと思ってたんだけど……」

 奥山はその言葉に疑問を感じた。

「校長がそんな依頼を出すはずがない。誰がその手紙を持ってきたんだ?」

「確か……教頭先生が届けてくれたような……」

 教頭。校内規律に厳しいことで知られるあの人物が、こんな不規則なことを許すはずがない。

「それにしても、これどうする?ペンキだらけじゃ、式典には使えないぞ」

 城田が腕を組んで困り顔をしていると、岡元が意気揚々と言った。

「シンナーで落とせばいいだろ!任せとけ!」

「いや、やたらに使うと危険だぞ」

 奥山が制止しようとするが、すでに岡元は美術準備室の隅にあるシンナー缶を見つけている。

「やるしかねえだろ!」

「それなら、安全にやる方法を考えましょう」

 篠崎が仲裁し、植松が静かに提案した。

「……化学反応を利用すれば、ペンキが落ちやすくなる」

「なんだそれ?」

「シンナーを薄めて温度管理をすれば、表面の剥離が早まる」

「なるほど、それなら危険も少ないな」

 奥山が納得して頷き、岡元はさっそく準備を始める。

 シンナー除去作戦

 換気をしっかり行い、シンナーを薄めて布に染み込ませ、プレートの表面を拭き始める。岡元は豪快に作業し、篠崎は慎重にサポートしている。

「これ、思ったより頑固だな」

「力任せじゃダメですよ。やさしく拭き取る感じで」

 篠崎がアドバイスすると、岡元も真剣な表情に変わった。

「こうか……お、ちょっと落ちてきた!」

「いい感じだ。続けろ!」

 奥山が声をかけると、植松も別の薬品を使って調整を始める。

 その間、井上はシンナーの匂いを嗅いでへたり込む。

「くっせー……これで授業サボってもいいか?」

「いいわけあるか!」

 奥山が即座に否定するが、井上は相変わらずのだらけた態度だ。

「ま、これで授業が休みになったらラッキーだけど」

「不真面目なことを言うな。これだけの事態、誰かが責任を取らなければならないんだ」

 奥山が真剣に言い放つと、篠崎が微笑んでフォローする。

「でも、みんなで解決しようとしているんだから、きっと大丈夫ですよ」

 その優しい声に、奥山の心は少し和らいだ。

 ようやくペンキが剥がれ、真鍮の校章が顔を出す。

「やった……これでなんとかなる」

 篠崎がほっと胸をなでおろすと、奥山も少し微笑んだ。

「ふん、当然だ。規律を取り戻すために必要な作業だからな」

 その言葉に、篠崎は微笑んで頷いた。

(規律に縛られてばかりじゃ、見えないこともあるんだな……)

 奥山は心の中でそう感じていたが、口には出さなかった。

 終

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