第五章「早朝五時三十分、校庭バケツリレー大作戦」

 夜が明ける頃、校庭はまだ薄暗く、朝霧が地面をうっすらと覆っていた。空気は冷たく、肌に触れると少し痛いほどだ。奥山は校庭に立ち、まだ眠気が残る顔を引き締めていた。

 集合時間の五時半、次々とメンバーが集まってくる。岡元は元気いっぱいにストレッチし、井上は眠たそうにあくびをしながら歩いてくる。篠崎は少し寒そうに腕を擦り、植松は計算用のノートを開きながらぼんやりと立っていた。城田はニコニコとみんなの様子を見渡している。

「朝早すぎない?」

 井上が文句を言いながら、校庭の真ん中にしゃがみ込む。

「これでも十分遅いくらいだ。朝の準備時間を考えれば、この時間が最適だ」

 奥山が冷静に答えるが、井上はその理屈に納得できない顔をしている。

「さてと、みんな準備はいいか?」

 岡元が手を叩きながら活気づける。

「植松、轍の場所は特定できたのか?」

 奥山が尋ねると、植松はノートを見ながら答えた。

「……重さから推定すると、校庭を横切った跡が怪しい。昨夜の雨で、地面が柔らかくなっていたから、轍が残っているはず」

「なるほど。では、その轍を明確にするためには?」

「水を撒けば、泥の色が変わる。見えやすくなるはず」

 篠崎が納得して頷く。

「じゃあ、バケツリレーで水を運べばいいんですね!」

「その通りだ。効率を考慮すると、井戸から直接バケツで運ぶのが早い」

 奥山が指示を出すと、岡元が手を挙げた。

「俺、バケツ持ってくる!」

 その瞬間、井上がため息をつく。

「やる気満々すぎて、逆に疲れる……」

「いいじゃん、楽しくやろうぜ!」

 岡元の笑顔に、井上も少しだけ笑みを浮かべた。

 バケツリレー開始

 井戸のそばでバケツを汲むのは岡元、最初の運搬を担当するのは城田、次が篠崎、奥山、井上、植松の順だ。バケツが順に渡されていき、泥の中へ水が撒かれる。

「おーし、どんどんいこう!」

 岡元の掛け声が響く中、城田はリズミカルにバケツを渡し、篠崎も笑顔で受け取る。奥山は真剣な顔で水を注ぎ、井上は片手でバケツを持ち上げては受け流し、植松は黙々と注ぎ続けた。

 しばらくして、岡元が豪快にバケツをひっくり返してしまい、泥がはねて奥山にかかる。

「うわっ!何をしているんだ!」

「ごめんごめん!勢い余った!」

 泥だらけになった奥山は怒りを抑えながらも、泥を払う。しかし、篠崎がその様子を見てくすくす笑っている。

「奥山くん、いつもより自然体ですね」

「な、何がだ!」

「ちょっと泥だらけなのが、新鮮です」

 その無邪気な言葉に、奥山は少しだけ頬を赤らめた。

 ようやく泥に水が染み込み、轍が浮かび上がってきた。細長い線が校庭を横切り、美術準備室へと続いている。

「これだ……美術準備室だ!」

 奥山が確信を持って叫ぶと、植松がノートを閉じて頷く。

「重量と方向が一致している。運搬ルートはここで確定」

「よっしゃ!これで犯人に近づける!」

 岡元が拳を突き上げた瞬間、井上がスマホを取り出し、泥まみれの奥山をパシャリと撮影する。

「なんだそれは!」

「証拠写真。泥だらけの風紀委員、意外とレアじゃね?」

 奥山が取り上げようとすると、井上は素早くスマホをしまい、にやにやと笑う。

「データは削除しろ!」

「いやいや、これは思い出だろ?」

 そのやり取りに、篠崎や城田も笑い出し、和やかな空気が広がる。

 校庭に朝日が差し込み、泥の上の水滴がきらきらと輝く。奥山は泥を払う手を止め、ふと考えた。

(いつもなら、こんなに泥まみれになるのは嫌なはずなのに……なぜだろう、悪くない気がする)

 篠崎が手を差し出し、笑顔で言う。

「美術準備室、確認しに行きましょう」

「……ああ、行くぞ」

 奥山は手を取り立ち上がる。その手の温かさに、少しだけ胸が高鳴るのを感じた。

 規律だけでは解決できない問題がある。そんな思いを抱えながら、六人は美術準備室へと向かって歩き出した。

 終



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