第四章「深夜二十三時、体育館裏の動く着ぐるみ」
夜の校舎は昼間とは異なり、ひんやりとした静けさに包まれている。月が雲間から顔を覗かせ、その薄明かりが廊下に淡い影を落としている。
体育館裏のマスコット倉庫には、誰もいないはずだった。だが、奥山と篠崎の二人は物陰に身を潜め、その様子を見張っている。
「……暗いですね」
篠崎が小声でつぶやく。
「当然だ。夜間に校内に入るのは、校則違反だからな」
奥山は厳格な表情を崩さず、持ってきた懐中電灯を握りしめている。その姿に、篠崎は小さく笑った。
「でも、奥山くんも今は校則違反してるってことですよね?」
「それは……特別だ。違反を防ぐための行動だから、問題ない」
自分の矛盾に少し戸惑いを感じつつも、奥山はその理屈で自分を納得させていた。
しばらくの沈黙が流れた時、ふと足元が崩れ、奥山は前のめりに倒れた。
「うわっ!」
そのまま篠崎に覆いかぶさる形になり、奥山の手が篠崎の肩を押さえ込んでいる。
「だ、大丈夫ですか?」
篠崎が赤面しながら尋ねるが、奥山もまた顔が赤い。すぐに立ち上がり、帽子のつばを引き下げて表情を隠す。
「問題ない……気を抜くな」
「ふふ、なんだかちょっと楽しいですね」
「なにがだ……」
奥山がぼそりと呟くが、篠崎の無邪気な笑顔が彼の心を少し和ませていた。
その時だった。倉庫の中から、かすかな物音が聞こえた。
「……動いてる?」
二人は息を潜めて見守る。倉庫の扉がわずかに揺れ、中から巨大な白い影が現れた。
「シラサギ先輩……?」
篠崎が目を見開き、奥山はすぐに懐中電灯を向けた。白い着ぐるみが、のっしのっしと歩き出している。だが、歩調が不自然だ。まるで中に誰かが入っているように、ぎこちなく揺れながら進んでいる。
「やはり誰かが入っているのか……!」
奥山がホイッスルを吹き鳴らし、その音が静寂を切り裂いた。
「うわっ、耳がキーンってなる!」
倉庫の隅から井上が出てきた。よく見ると、シラサギ先輩の着ぐるみの中からも彼が顔を出している。
「お前、何をしているんだ!」
奥山が詰め寄ると、井上は気だるげに答えた。
「ちょっと試運転してただけ。歩きにくくてさー、調整中ってわけ」
「なぜこんな時間に……それに、なぜ着ぐるみなんだ?」
井上は肩をすくめながら、着ぐるみの頭を外して投げ出す。
「体育祭の余興で使うから、先にチェックしとこうと思ってさ。でも、掲示板とか知らねえよ?」
篠崎は首をかしげる。
「じゃあ、掲示板を運んでた着ぐるみって?」
「俺じゃねえな。てか、誰か他にも使ったのか?」
その時、城田や岡元、植松も駆けつけてきた。城田が怪訝そうに尋ねる。
「着ぐるみが動くって話、本当だったのか?」
「いや、井上が中に入ってただけだ」
奥山がため息交じりに説明すると、岡元が大笑いした。
「なんだ、それ!幽霊でも出たのかと思ったぜ!」
「幽霊じゃないけど、謎は深まったね」
篠崎が呟くと、植松が手元のノートを見ながら言った。
「……体格が合わない。掲示板を持ち運べるほどの力も、井上にはない」
「つまり、他にもう一人いる可能性があるのか?」
奥山が確認すると、植松は静かに頷いた。
「……どうやらまだ終わっていないようだな」
奥山はホイッスルをポケットにしまい込み、深夜の冷たい風を吸い込んだ。
「でも、これで着ぐるみ犯が複数いるって分かりましたね。もっと調べないと……」
篠崎が前向きに話すと、井上はうんざりしたように横になる。
「もう寝たいんだけどな……」
「早く帰って寝ろ。明日も学校だ」
奥山がピシャリと言い放ち、みんなで倉庫の戸締りを確認してから、夜道を戻ることにした。
夜空には星が瞬き、静かな校舎が見張りを続けているように思えた。だが、奥山の中には疑念が残っていた。
(誰が、なぜ、掲示板を持ち去ったのか……まだ謎が多すぎる)
規律を守ることが最優先だと信じる奥山。しかし、今回ばかりは規則通りに解決できない問題があるようだ。
篠崎がそっと隣を歩きながら、「これからどうするんでしょうね」と呟いた。その無邪気さに、少しだけ心が軽くなった気がした。
終
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