余談話:コーヒーと、三人分のやさしさ
午前十時。事務所の会議室。
スケジュール表を睨むマネージャー・アキの指が止まる。
「あ〜……またハルがレコーディングの場所間違えてる」
「昨日も間違えてましたね」
苦笑するのは、Stella☆Novaのことは。
「ハルさん、GPSより感情で動いてるようなとこありますし」
その隣で、さやが小さく頷いた。
「たぶん、“紅ちゃんに会いたくて”って理由だったと思いますよ。違うスタジオ、隣だったので」
「……あり得る」
アキはため息をひとつついてから、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。
いい香りが、ふわりと会議室に広がった。
ことはが立ち上がり、手際よくカップを三つ並べる。
「今日は……甘め、ですよね」
「はい。アキさんは最近、ちょっとお疲れ気味だから」
「待って待って、なんでわかるのそのコンビネーション」
アキが口を開く前に、ことはが砂糖を二杯、さやがミルクを注いだ。
その完璧な動きに、アキは思わず苦笑した。
「……あんたたちさ、どうしてそんなに息ぴったりなの」
「好きだからです」
「観察してるからですよ」
ことはとさやが、同時に、でも別の角度で答える。
アキは、手渡された甘いコーヒーを受け取って、一口飲んだ。
「……はぁ〜〜〜、なんか、ほっとする」
「それはよかったです」
「ね、ことは」
「うん」
アキがソファにもたれかかると、
さやがその横にぴた、と座る。
その向かいにことはも腰を下ろし、
自然に、アキの手を取った。
「最近、よく頑張ってるよね」
「……ことはも、言うようになったね」
「さやが隣にいるから、言えるようになった」
「ことはが笑うと、アキさんも笑うから」
三人の間に、静かな時間が流れた。
誰も無理にしゃべらない。
無言が苦じゃない関係性。
ただ、そこにある安心感が、
何よりの言葉になっていた。
「……あたしさ、あのふたりのこと、見てて思うの。
紅とハル。あれってたぶん、奇跡みたいな出会いだよね」
「はい。きっと、お互いのために生まれてきたような関係」
「でも……私たちは?」
アキの問いに、ことはとさやは、そっと顔を見合わせた。
そして、ことはが答える。
「紅とハルが“運命”なら、私たちは“選んだ結果”だと思う」
「うん。“選び続けてる関係”。毎日、積み重ねてる」
「それ、いいね」
アキは微笑んだ。
少しだけ目を閉じて、両手をふたりに委ねた。
「このままずっと、三人でいていい?」
「もちろん」
「そのために、ここにいるんです」
静かに、手が重なる。
まるで長編のエピローグみたいな、
でも、これは“はじまり”のような朝だった。
コーヒーの香りはまだ、やわらかく部屋に漂っていた。
(余談話・了)
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