第10話 (革命前夜・サトウアイカ)
教室で見るセタガヤミノルは、背が高くてそれほど口数は多くなく、どちらかという朴訥とした印象だった。
でも付き合ってみると案外せっかちでおっちょこちょい。ボケているのか天然なのかわからない性格で、常に財布やスマホをどこかに起き忘れる。親に怒られるので家の鍵はそもそも持ち歩かないと言う。どうやって家の扉を開けているのかいまだに謎だ。たいがいの事は飄々とやり過ごすが、彼の興味の引くことにおいてはやたらと執念のようなものを見せることがある。きっとそこに野球もあったのだと思う。特に正義感が強いというのか、身内や友人との付き合い方などは、他人事であるにも関わらずやたらと指図してくる。正直はじめは付き合いにくいと思った。
サトウアイカの関心事について、セタガヤも一応は興味を示す。というか、それを語るアイカ自身に興味を示していたのだと思うが、勝手にサイトへ応募した時も、彼は渋々足を運んだ。報告のため帰りにうちへ寄るよう指示すると、彼は到着するなりこう言った。
「あれはないって」
「どうだった?」
アイカはワクワクしながら尋ねた。彼の手にはアベオサムの代表作があった。
謎の熟年女性「アベマリア」が語る宇宙の話、アベオサムのこと、地球の危機、集められたヒーロー、救済への協力など。
一切興味のないセタガヤが、引き気味に語る様子がおかしくて仕方なかった。
子供の頃からこういった世界に囲まれて育ったが、少なくともアイカが目にする精神世界の本には、30年以上も前から地球の危機は描かれていたし、必ず何年かおきには終末を乗り越えるための人類の意識覚醒を訴える「ムーブメント」が起こってきた。とにもかくにもスピリチュアラーはいまのこの世界が大嫌いなのだ。天災でも人災でもいい、この世界がなくなるという可能性が、何よりもの希望と救いだった。
世の中の資本主義にガッツリと根を下ろす現代人たちはそれらを耳にした時、一様に残念そうな顔を見せ「考え方は人それぞれだから」と冷ややかに理解を示す。アイカにはそんな世界に見えていた。
「あー涙でちゃう。私もそこにいたかったな〜。」
「ホラーだよこっちは。サイコパスが目の前にいるんだぞ」
アイカはその様子を想像するほど、笑いが込み上げてくる。
「これ置いてくよ」
そう言ってセタガヤは持っていた本を机に置いた。
「うち、もうあるからそれ。せっかくだし読みなよ。もしかしたらヒーローに協力したくなるかもよ?」
「ないない」
「でもミノルが選ばれし者なのは本当なんだよ。アベオサムのファンって本当にコアだから。みんな今のミノルの立ち位置にいきたくて仕方ないんだよ。なんせ今日の話を聞きたくても聞けないんだから。」
その日はそれ以上なにを言っても受け付けなかったが、結局その後、セタガヤはヒーローの集いに参加をした。もちろんアイカが無理矢理行かせたのだが。
参加したセタガヤの感想は
「みんなふつうのおじさん、おばさんだった。」
またしても爆笑である。
ヒーローの集いには日本全国からミノルを含め8名ほどが参加した。
「ほんっとに普通だよ。高校教師もいたし、主婦とか。静岡で茶畑やってる農家のおじさんとか、博多の経営者は昨日から泊まりがけで来てたらしいよ。」
さすが熱い。
「軽く自己紹介して、話聞いて、そのあとお昼ご飯みんなで食べて帰ってきた。」
「秘密の話とかあった?」
アベマリアの今後の計画を少しでも知りたかった。
「この前オレが聞いた話だったよ。まだヒーローが足りてないとか、その程度かな。」
あくまで集いの情報を収集するためだけに参加したセタガヤだが、几帳面にランチ会にも参加したと言うので驚いた。
「なんか偉そうなおばちゃんがオレの隣に座って『世田谷君はもの静かだけど、とても細やかにたくさんのことを感じてるのね』って言ってきて怖かった。」
そりゃ黙って座ってれば、誰でも思うところはある。エセサイキッカーは腐るほどいて、YouTubeを観ていても呆れてしまう。真偽など証明できないからこそ好き放題だ。特にこのような小さなコミュニティで権力欲しさにアピールし、10代の男子を手なづけて遊ぶのは楽しかろう。アイカの邪推は止まらなかった。
彼らのような一般市民を集めて何を企んでいるのか。だんだんアベマリアが、ミノルの言う通りにサイコパスに見えてきた。
セタガヤミノルは世間の潮流や権力者などにはほとんどなびかない。そういうところが好きだった。すぐに取り込まれてしまうようなら、危なっかしくて行かせられない。
高校卒業後の進路について、セタガヤは最初から実家を出るつもりでいると話していた。引越し資金を貯めるために吉野家でバイトも始めた。
アイカはもともと環境活動に興味があったので、各自治体のゴミ焼却炉などをコンサルをする会社に就職した。働きながら必要な資格をとる予定だ。
当初はセタガヤと一緒に住むつもりだったが、母親に話すと難色をみせた。たいていのことには「自分の選択と行動に責任を持てるなら、好きなようにやりなさい」と言う母が、同棲に関しては首を縦に振らなかった。就職して様子をみて決めればいいかと、アイカも意義は申し立てなかった。
セタガヤミノルは就職と言っても、一人暮らしの部屋から近いドラッグストアでバイトを始めた。なぜバイトなのかと聞くと、今後転身の予定があるから、辞めやすいように身軽にしておきたいと話した。転身先については教えてくれなかった。
彼が一人暮らしを始めてからはアイカが彼の部屋へ通った。
働き出したばかりの頃は、慣れない仕事のため彼の存在に本当に助けられたと思う。悩みや愚痴を聞いてくれる相手がいること、週末に帰る場所があるということは大きな支えとなった。
ただ時間が経つにつれ、もともとお互い休みが合わなかったり、彼の部屋から出勤するには職場が少し遠いこともあり、徐々に会う回数は減っていった。
それと同様にセタガヤミノルも少しずつ変化した。高校の時のようなあの無邪気さは次第になくなっていったように思う。仕事に疲れていた自分との関係性のせいなのか、彼を十分に気にとめる余裕はなかった。
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