第8話 (革命前夜・セタガヤミノル)
野球部にほとんどの時間を費やした高校生活だったが、受験が始まると途端に静かになったように思う。
大半が進学を選ぶ中、クラス内で自分と同じく就職組となったサトウアイカと親しくなった。彼女がバイトしていると知らずに行ったコンビニで夜中に偶然出会いLINEを交換した。クラスで話すことはあっても、そこまで親しくしたことはなかったサトウアイカと付き合うことになったのだ。というか、なんとなくお互い時間を持て余してたので一緒にいる時間が多くなっていったという感じだ。彼女は黒髪で鋭い一重の瞳なので、ショートカットのときは男の子のようにも見えた。だが実は父親はアメリカ人で、彼女はハーフだった。幼い時に離婚をしてから今までずっと母親と二人で暮らしていて、父親の写真を見せてもらったが、金髪で目の青い、ほとんどの日本人が想像しそうな「ザ・白人」という顔だった。彼女のパーツのほとんどは母親譲りとわかる。時折、すっと通った高い鼻筋や透き通るような白い肌を見るとハーフだと感じることがある。
彼女の母はセタガヤが遊びに行くといつも歓迎してくれた。食事を出し、週末に度々宿泊しても抵抗を見せたことはなく、時にはテレビを観ながら3人で踊ることもあった。
セタガヤは幼い頃から自分の両親の関係に居心地の悪さを感じてきたため、解放感あふれるサトウアイカの家庭で伸び伸びと羽を伸ばし、遠慮することなく自分を出していた。
サトウアイカの母はそんな自分をすべて許容してくれていたのだと思いこんでいた。しかし彼女と別れた後、知らされた事実は
「世田谷君はちょっと自由すぎるよね。もう少し常識のある子と付き合いなよ」という彼女の母親からの進言だった。それを聞いた時セタガヤミノルは愕然とした。
彼女と親しくなり出した頃、毎晩のように通い詰め、当たり前のようにご馳走になっていた自分。
我を忘れてテレビの前で踊りはしゃいでいた自分。
夏はリビングでパンツ一丁、我が物顔でリラックスしていた自分。
それらを実は静かに冷ややかにジャッジされていたのかと思うと、あのときの無知でバカすぎる自分の行いを思い出しては布団に潜って叫んだ。
サトウアイカの家にはとても多くの本があった。
彼女の母は英語が堪能で、通訳や翻訳の仕事をしていた。別れた夫とも仕事で知り合ったのだそうだ。特にスピリチュアルの分野の仕事が多く、海外のチャネラーの通訳をしたり、本を訳して出版もするのだそうだ。
セタガヤミノルにはまったく未知の世界だったが思い浮かぶとしたらスプーン曲げとかオーラの泉とかその程度の知識しかない。
サトウアイカの父親も昔は有名なサイキッカーで、日本にも度々呼ばれていたらしい。アイカにその能力はないのかと聞いたら、「まったくない」と答えた。ただ育った環境が少し異なるせいか、彼女はスピリチュアルと呼ばれることを当たり前のように感じとり、当たり前のように語っているように思えた。価値観が異なるのだ。学校ではまったくそんな様子は見せなかったので、彼女のことを知れば知るほど驚くことが多く、彼女と知り合ってからいっきに世界が色鮮やかに広がったように感じられた。
サトウアイカは両親の持つスピリチュアルな情報はもちろん、自ら仏教やほかの宗教を学んだり、哲学や量子物理など様々なことを本を通して知っていた。それを何も知らない自分にどうすれば伝わるのかを熟知しているかのようだった。
ある日、彼女に呼び出されて部屋へ行くと
「ミノルに行ってきてほしい場所があるんだけど」
と目の前にいる自分のスマホにメールを転送した。
「なにこれ?」
そこには住所と日時が記され、まずはお越しくださいという簡素な文章だけ書かれていた。サトウアイカは少し興奮した様子で小鼻を膨らませ、抑え気味に低い声で言った。
「ほんとはさー、あたしが行きたかったんだよ。昔からこのアベオサムって人に一回話聞いてみたくてさ。でも私の魂レベルじゃダメだったみたい。」
「魂レベル...」
イヤな予感しかしない。
「まさかミノルが呼ばれるとは思ってもみなかった。やっぱピュアなのかなぁ。バカは何やっても強いよなぁ。」
「おい」
「これはなかなかすごい事だよ。でもできたら前情報なしで行ってほしい!絶対楽しいから!ね?行くでしょ?ちょうど休みの日だし。」
アイカは「偶然」とか「未知の体験」とかにやたら反応する。彼女と行動をしていて何度彼女の口から「あぁ、これはシンクロニシってるわ」と聞かされたことか。(ちなみに彼女のシンクロニシってるは、うまくいっているの合図だ)。
セタガヤはメールをもう一度見て
「これはもしかしてシンクロニシってるの?」と聞くと
「ていうより、呼ばれてる」と返した。
アイカはショートパンツで座ってるイスに片足を乗せている為、隙間からパンツが丸見えだ。いつもこんな感じだ。その膝に肘を乗せて、セタガヤを指さして言った。
「保証する。行かないと絶対後悔する!」
彼女の度胸はいつもすごいと感じる。好奇心の赴くまま、探究のためならどんな場所にも一人で出掛けていくのだ。貯めたバイト代はほとんどそれらに消えていく。この前の「タントラダンス」の話もすごかったなぁと思い出した。
「せめて何するのか教えてよ」
「話するだけだよ多分。金巻き取られるわけじゃないからそこは安心して!ていうか、頼むから私の代わりに話聞いてきてよ〜。私が代わりに行きたいんだよう。な?な?」
アイカはセタガヤのシャツをつかんで揺すぶった。
「うーん、わかったよ」
「まじ?!」
「うん」
「イェーイ!!!」
彼女は両手の親指を天に掲げ、小躍りをして見せた。
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