第6話 (革命前夜・ムカイミオ)

あの面談から数日のうちにセタガヤミノルから連絡が入り、利用申込をしたいと話があった。


今回初めて担当を受け持つことにはなったものの、その後ろにはこの施設で一番経験の長い、ホシミツオという40代の相談員がバックについている。ホシはもとはプロのバンドマンとして短期間ではあるが活動をしていたそうで、所内でも一つ一つの発言に「オレはこう思う」の「オレ」主張がやたら強く、いちいち場を荒らす割りには批判や指摘に打たれ弱いという面倒くささがある。ただその経験値のため、他の職員は何かあった時にはご意見番として頼りにしていた。福祉の職員はこういうクセの強い人間が多い。


先日の初回の聞き取り時もホシは私の隣に座り、腕組みをしてセタガヤミノルの話を聞いていた。そこで、私にも対応できる相手だろうと思ったので、今回担当を任せることにしたようだった。


今日もセタガヤミノルはボロボロのスニーカーに、メガネ、髪には寝癖をつけて猫背やってきた。申込書類は筆圧の強い文字で埋められていた。


真夏の日差しの中、自転車できた彼はリュックから白いタオルを取り出し、懸命に汗を拭いた。


ホシが話しかける。


「世田谷くん、電車はあまり使わないの?」


「はい、なるべくお金を使わないようにと思って。」


「いいね〜まだ若いからね。2駅くらいなら自転車でも余裕かー。でも熱中症に気をつけなよ。水もってこようか?」


「あ、お茶持ってるんで大丈夫です」


そう言ってテーブルにペットボトルを出した。


今回、セタガヤは役所から紹介を受けた。役所は生活保護受給者を少しでも減らそうと、働ける人間は一日も早く自立させるため支援をする。役所にも就労担当はいるが、それだけでは追いつかないので各福祉施設へ必要に応じて振り分けていく。セタガヤは今回発達障害と診断されたことで、障害者のための当施設に振り分けられた。


ムカイミオは改めて先日のアセスメントシートを見ながら、更にセタガヤが持参した書類を元に、より詳細な背景を聞き取る予定でいた。


人は初めての相手に本当のことを言うとは限らない。他者へ説明するための「ストーリー」を誰しも持っていて、本人も無意識にストーリーを語っている。そこに自覚がないことも多い。セタガヤが持参した書類には、これまで利用した福祉施設や医療機関などを記載する項目があるが、彼にはほぼ利用履歴がなかった。発達障害の診断時に通院した医院のみが記載されている。


「世田谷さんは障害者手帳は今後とる予定はありますか?」


「役所にも言われたんですけど、特にはないです。なんか面倒くさそうで。」


ホシが口をはさむ。


「そう。確かにいま発達障害だと手帳とるのが少し難しくなってきてるんだよね。でもここでは協力してくれるお医者さんの紹介もできるし、手帳とって障害年金の申請するなら良い労務士の先生もいるから。今後は少しずつ考えてみてもいいかもね。」


発達障害で手帳がとれたとしたらセタガヤミノルは3級が妥当だろう。それでもうまくいけば月に5〜6万円の障害年金をもらえる。生活保護から抜けた時、フルタイムで働かなくても、障害年金があればかなり生活はラクになるはずだ。ホシはそれを言っていた。


障害者支援の世界では、障害者たちがいかに福祉をうまく活用しながら、社会に適切に順応をして無理をしない範囲で永続的に暮らしていけるか考える。そのため、役所が「とにかく働け!」の一点張りで本人をよこしても、まずは時間をかけて筋道を作っていくというスタイルなので、それが理解できない役所の担当者とたまに意見が割れることがあった。


「履歴書をお持ちくださったんですね。ありがとうございます。」


ムカイはセタガヤの手書きの履歴書をホシにも見えるように開いた。


「たまたま前に書いたのがあったので・・・」


「高校を卒業してから、ドラッグストアに入社したんですね。ここを選んだ理由はありますか?」


「うーん、自分にもなんとなくできるかなと思って」


「そうなんですね。接客はしたことあったんですか?」


「高校のとき少しだけ吉野家でバイトしてました」


「吉野家!オレもあるよー」


ホシが声をあげた。ホシが唯一知る企業が吉野家で、ほかに家庭教師と、それ以降ずっと福祉業界に携わってきた。


「ドラッグストアのお仕事はどうでした?」


「うーん、おばちゃんたちが強くて。僕もミスは多かったんですけど、人間関係に悩むことが多かったですね。」


「この前のお話だと、店長さんから辞めるように言われたんですよね?」


「あ、ええ。そうですね。僕としては続けていきたかったのはあったんですけど...」


言葉が続かないセタガヤを見てホシがすかさず口をはさむ。


「いろいろあるよね。初めての会社経験ってそりゃ大変なことも多いよ」


ホシが履歴書を見ながら続けた。


「生活保護を受けてからも去年とか、けっこうバイトはしたんだ。これ、エリンギ栽培ってなに?」


「それは、その前に警備のバイトしてたんですけど。そこで紹介されて。警備会社の社長さんが趣味でエリンギ育ててるらしくて、収穫とか手伝ってたんです」


「へぇハウスみたいな?」


「そうです。現金手渡しでくれるんで、生保の友達とかは役所に知らせなくて済むって、人気があるみたいでした」


ホシはガハハと笑った。


「いいの言っちゃって?世田谷くんは正直だなぁ。でも良い小遣い稼ぎになりそうだね」


「そうですね。だいぶ助かりました」


履歴書には生活保護受給後の職歴として、警備、エリンギ栽培、日払い派遣、倉庫作業などの記載があった。


「世田谷さんは背が高そうですけど、どのくらいあるんですか?」


「このまえ銭湯で測ったときは、185cmだったかな」


「スポーツとかされてたんですか?」


「中高はずっと野球をしてました」


「野球!オレもやってるよ、いまは草野球だけど」


ホシが嬉しそうに話しだす。


「もう毎週いろんなチームに呼ばれるからさ、大忙しだよ。ここの施設もたまーに利用者のみんなと出かけるんだけど、野球好きはグローブ持って来てキャッチボールするんだよ。世田谷くんも今度来たら?」


セタガヤは表情は穏やかなまま頷き、それほど反応はしなかった。まだ緊張しているのかもしれない。


それから今後の予定として、仕事のアセスメントのため、協力会社の倉庫作業に何度か参加してもらう必要があることを伝えた。セタガヤは頷いて了承した。

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