第4話 (革命前夜・アベマリア)


応募者は年々少しずつ減ってきているが、それでも年に数人はメールをしてくる。


叔父が亡くなって早いもので3年が過ぎようとしていた。アベマリアの叔父はもともとバブル全盛期、大企業のお抱え建築家として世界中を飛び回り、世界中に建築物を残してきた。ところがある日、交通事故に遭い1か月ほど死の淵を彷徨ったあと、奇跡的にも回復したと思ったら、まるでこれまでとは別人のようになってしまった。


当時まだ10代だった私に叔父はよく話してくれた。生死の淵を彷徨っている間、叔父は宇宙と地球の成り立ちを見たと言う。そして地球の現在の状況を俯瞰で見た時、地球に残された時間はあと僅かだと気づいたのだそうだ。人間は本来、地球へただ「体験」をしに来ただけのはずなのに、この世界に蔓延する「欲」にまみれ、様々な感情を抱くとその感情に自分自身が呑み込まれてしまうために、死んだあとも本来の宇宙に還ってこられず、地球にヘドロのようにズブズブと付着したままなのだと言う。そのせいでこの地球はさらに重たくなり、負の要素を増大させ、地球の寿命はますます短くなっていくのだそうだ。


私はその話を純粋に信じることができた。

そして自分に何かできないか考えるようになった。叔父の話はいつも有意義だった。


そこから叔父には、宇宙の様々な存在から「通信」が入るようになっていった。

今後地球に住む人間はどのような生き方をしていけばいいのか、現代の問題点とは何なのかなど、得た情報をまとめ、叔父は一冊の本にして出版することにした。

すると意外に一番反応をしたのは、ビジネス界で活躍する男性たちだった。もともと大企業にいた叔父が理論的に解説する宇宙論、そして地球規模での啓発めいた内容はこれまでの旧資本主義からの脱却に繋がるのではないかというキャッチフレーズで、またたくまに一部のビジネスマンたちに広まったのだ。そしてすぐ主婦や子供たちも読むようになった。

読者からの要望で、叔父が講演会を開くと会場は即満席となった。


私はそれを20年間そばで見てきて、ずっと不思議だったことがある。

叔父の書籍は「エゴからくる欲望のままに行動するのではなく、地球のために行動しよう」と語り続けてきた。本は現在も廃刊にならず地道に重版を繰り返す。その本の内容を切り取ってYouTubeで取り上げる人たちもいる。これまでたくさんのビジネスパーソンが書籍を買ったはずだ。なのに世界はいまもこの有様。バブル全盛期以降、現在まで戦争は常にどこかで起きているし、未だ資本主義の価値観で格差はさらに広がり、一部の人間が常に搾取を続ける世界なのだ。あれだけもてはやされた地球からのメッセージはいったいどこに活かされたのか?


ある日、叔父はこの資本社会でまずはお金を稼ぐよう「通信」から命じられたそうだ。すぐに小さな会社をつくり、製品を売ることにした。叔父は私にその会社の代表をしないかと言ってきた。ちょうど就職氷河期と呼ばれた時代、とても光栄な話だと思い私はためらうことなく引き受けた。


叔父を求める人々は一様に和やかな笑みをたたえ、「何かを得ようと」やってくる。叔父から個人的な何かを聞き出したい、自分は宇宙からみて「うまくやれてるのか」知りたい、地球が望む生き方をできているという叔父からの「承認」がほしがる人など様々だ。ただ、叔父が「エゴで生きるな」と度々話すので、寄ってくる人たちはみんな「さも無欲」であるかのようにやってくる。おかげで私もそれほど嫌な思いはしたことがない。叔父が掲げる理想通りに生きることへの貪欲さはピカイチな愛読者たちだから。


叔父は販売する商品として、まずエゴをなくす小型扇風機、その名も「エゴピュー」を制作した。もちろん「通信」で得た情報からだ。純銀製で重さ1.5キロ。電池で動く扇風機だ。これを部屋に置くと風がそよぐ範囲ならエゴを削いで生きることができる。1台25万円でも即完売した。購入者からの反応はピカイチだった。

「この風にあたると心のモヤが晴れ、夫や反抗期の子供達も穏やかになりました。」、「会社のオフィスで嫌な上司に風を当てたら、次の日には上司が左遷されました」などのレビューに、さらに次の予約が舞い込んだ。叔父の力、いや宇宙の力とは本当に偉大である。


叔父にやってくる「通信」については、実は半信半疑でいたのだが、叔父が70代後半になって脳梗塞で倒れた頃、なんと私にも「通信」が入るようになった。


叔父が倒れ、講演会もできず、続刊を待つファンがいる中、書籍を出せる目処がまったく立たなかった。これまで長く続けてきた活動がすべて停滞していた私にとって、その「通信」はまさに天(宇宙)からの贈り物だった。


ある日の午後、お気に入りのカフェで半田広宣の書籍、「シリウス革命」を読み始めたときのこと。10年も前に一度読んだきりだったこの本は、叔父の本もそうだが、一度読んだだけでは意味がほとんどわからなかった。時が経過して少しは自分も成長したのではないかと思い、改めて読み進めたもののやはり難しい。著者がチャネリングをして宇宙からのメッセージを受け取り、長い年月を掛けてその内容を様々な角度から解釈していくという手腕が問われる作品で、読んでいると叔父に初めて「通信」の話を聞いた時のように心が躍るのだ。この著書は宇宙に人差し指を向けて通信を開始したと書いてある。私もやってみようかしら。いま店内に客は自分しかおらず、店員も奥にいる。試しに人差し指を天井に向けて差し出した。

するとその時、ある言葉が脳内に暴力的に鳴り響いた。

『ヒーローをみつけなさい』


思わず耳を塞ぐ。

そしてまた同じ声が鳴り響いた。

『ヒーローをみつけなさい』

低い地鳴りのような、でも透き通った男性の声が脳みそに直接語りかけてくる感覚。

「ヒーローって...」

その時、店員が空っぽになったグラスに水を注ぎにやってきた。今の自分の様子を見られなかっただろうか。店員の顔をそっと覗き込んだが、特におかしな表情は見えなかった。バレてない。よかった。

アベマリアはそっと胸をなでおろした。

今のはいったい何だったのだろう?





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