第7話 魔王軍と“野菜交流会”してみた

スープ屋の開設から数日後、ダンジョンの朝はいつも通り穏やかだった。


蜂妖精たちは畑の上空を飛び交い、ラフリーフの花に蜜を与え、ぷにたは水やりの合間に大根モドキの影絵をして遊び、ドボルは無言で新たな倉庫棟の礎石を組んでいた。


だが、そんな日常の空気を破るように――“異質な気配”が、地の底から這い上がってきた。


「マスター。……変なのが、来るよ」


ぷにたが水樽の影に隠れながら、小さな声で言った。


「どのくらい変だ?」


「すごく変。ぬめってるし、しゃきってるし、なんか、ドカーンって感じ」


……形容が抽象すぎてまったく伝わらないが、ぷにたが警戒している時点でただ事ではない。


俺は井戸の傍でくつろいでいた蜂妖精のリーダー――マルラを呼び、巣を一時的に閉じてもらうよう頼んだ。

そしてドボルには、防壁を小さく展開して“侵入口”を狭めてもらった。


数分後、足音ならぬ“気配”が入口に満ちる。

空気がじんわりと、低い濃度の魔力で満たされていく。


「ふむ。これはまた……想像していたよりも“ずいぶん素朴”なところだな」


低く通る声。

現れたのは、黒いスーツのような軍装を着た男だった。年齢不詳。肌は青白く、額には小さな角が生えている。

両肩には刺繍入りのマントを翻し、その背には一本の魔剣が納められていた。


「名乗ろう。我は魔王軍第一斥候軍、交渉班所属、ゼグ=レイグ。今回は“視察”に参った」


……来たか。

ダンジョン都市の噂は、人間界どころか魔王側にも届いていたということか。


「目的は?」


「単刀直入に言う。都市としての君の方針と、“モンスターの扱い”について聞きたい」


「対等に暮らしてる。妖精もスライムもゴーレムも、仲間だ」


「なるほど。……では、魔王軍の兵士がこの地を“休暇地”として使いたいと言ったら?」


「宿代もスープ代も取らない。ただし、他の客を威圧しないことが条件だ」


「交戦は?」


「しない。そっちが武器を抜かなければ、こちらも構えない」


「交渉には強い意思が必要だと聞いていたが……なるほど。これは一目置かねばなるまいな」


ゼグはそう言って、懐から一冊の小さな帳面を取り出した。

そのページに何やら書きつけると、カチッと音を立てて表紙を閉じた。


「この場所を、魔王軍側の“交流可能ダンジョン候補地”として上申する」


「……交流“可能”? 交流するとは言ってないのか」


「上層部の判断が要る。が、俺の印象は良好だった。……それに、もう一つ。今日は“土産”がある」


「土産?」


「野菜だ」


思わず、俺はゼグの顔をまじまじと見た。


「……魔王軍が、野菜を?」


「見くびるな。我らの補給担当部隊には“農魔”と呼ばれる農業特化部隊がいる。今回、彼らが“比較研究用に”と持たせた」


そう言って差し出された木箱の中には、漆黒の葉を持つレタス、銀色に輝く小さなトマト、うっすら発光するニンジンが入っていた。


「名前は……?」


「シャドウリーフ、ムーンチェリー、オーロラキャロット」


「……見た目が毒物なんだが」


「だが、味は保証する。できれば君たちの野菜と、交換してもらえないか」


俺は小さく頷き、ぷにたに合図を送った。

ぷにたはすぐに、ラフリーフとハーブニンジン、熟したワンダルを木箱に詰めて持ってきた。


「これがうちの野菜だ。丁寧に育ててる。見た目は地味だが、噛めばわかる」


「それでいい。……それと」


ゼグは腰から魔法キャンドルを取り出した。火を灯すと、箱の中の野菜がそれぞれ静かに光を放ち始めた。


「記念に“交流の印”として、今日この日を記録しておく」


その火が、彼の手元で一瞬だけ揺れ、そして――宙に一枚の羊皮紙が現れた。


《ダンジョン都市“ユグ・ノア”と、魔王軍第一斥候軍は、友好を前提とした初の物産交換をここに記録する》


羊皮紙はふわりと浮き、俺の目の前に差し出された。


「署名は?」


「ユウト。……ダンジョンコア兼、都市の管理者だ」


「いい名だ。では、また」


ゼグは深々と頭を下げると、音もなく背を向けて歩き去った。

だがその後ろ姿は、明らかに“ただの使者”ではない気配を残していた。


……とはいえ。


俺は畑に戻り、手元のシャドウリーフを持ち上げてしげしげと眺めた。


「……ぷにた、これ、炒めたら美味いかな?」


「ぷににっ、たぶんすごく香ばしいと思う!」


「じゃあ今日は、交流記念スープだな」


「大賛成~!」


こうして、俺のダンジョン都市に初めて“魔王軍関係者”が現れた。

だが、そこに剣戟も脅しもなかった。


あったのは、野菜と、交換と、スープの香りだけだった。


―――――――――――――――――――――――――


あとがき

今回は、初めて“魔王軍”という存在と直接接触する回でした。

戦いではなく、交流と野菜の交換――この穏やかな路線は、都市の魅力と価値をじわじわと広げていく大きな布石となります。


次回以降、魔王軍の中でも“市民派”や“中立外交派”が関心を寄せ始め、やがて都市の外には大きな“観光ルート”が形作られていきます。


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