第6話 スープ屋を開いたら、帝国の使者が来た!?

朝露が畑のラフリーフに玉のように光る頃。

俺はいつものように井戸の水を汲み、火を起こしていた。


焚き火の上では、ぷにたが手伝ってくれた大鍋がぐつぐつと音を立てていた。

中身は、ラフリーフのスープ。前日に蜂妖精から分けてもらった蜜を隠し味に、昆布のような風味のする地草“ワンダル”と合わせた、甘くて香ばしい一品。


「……やっぱ、朝はスープに限るな」


俺は木の椀にスープをよそい、ふうふうと息を吹きかけてから一口。


あたたかい。

それだけで、体の奥がほぐれていくような気がした。


「ぷにたも飲む!」


「お前は飲むっていうか、吸うだろ」


「ぷにっ!」


そんなやりとりをしながら、朝の時間は穏やかに流れていた。

だが、この日の静寂は長くは続かなかった。


「おーい、誰かいませんかー! スープの匂いがしたんですがー!」


思わず椀を手にしたまま振り返る。

そこには、見知らぬ人間の男が一人、畑の入口に立っていた。


黒いマントにブーツ。胸元には帝国の紋章が彫られた金属プレート――


「……帝国の使者、ですか?」


「おお、気づいていただけましたか! そう、帝国商務局、第三連絡班のガイラスと申します! 本日は視察とご挨拶を兼ねて、こちらの“ダンジョン村”にお邪魔させていただきました!」


ダンジョン“村”? ……まあ、否定はしないが。


「何が目的ですか。いきなり視察と言われても、こちらには国境も通報もないんですが」


「その点については申し訳ありません。実は最近、こちらのダンジョンに関する噂が、帝都の市場関係者の間で話題になっておりまして……“とんでもなく美味いスープがある”とか、“野菜を育てているダンジョンがある”とか」


「……どこからそんな話が……」


「おそらく、以前お世話になった旅商人からでしょう。彼らは“夜明けの畑”と呼んでいたようです。まさか本当に存在するとは」


ガイラスは頭を下げながら、背負っていた鞄を地面に置いた。


「今日は、非公式に三つのお願いに参りました。一つは、ここのスープを一杯試飲させていただけませんか? 二つめは、この村がどう運営されているのか見せていただきたく。そして三つめが――もし可能であれば、スープ屋を開いていただきたいのです」


「スープ屋、を?」


「はい! わが帝国では現在、農業支援型の都市構想を推進しておりまして、モデルケースを探している最中でして……」


おいおい、冗談だろ? こっちは好き勝手やってるだけだぞ。


「そんなにちゃんとした店じゃない。ただ、毎朝作って、自分と仲間で飲んでるだけだ」


「それで十分です! 実際、香りの時点で確信しました。この味なら人が集まります!」


なんだこの熱意。怖い。


「……じゃあ、とりあえず一杯、飲んでみますか?」


「いただきます!」


俺は無言で椀にスープを注ぎ、手渡した。

ガイラスは受け取るなり、慎重に口元へと運び――


「……ん……うまい。なんだこれ、甘いのに草くさくない。なのに出汁がしっかりしていて、深みがあって……飲むたびに、味が変わる……!」


褒めすぎでは? いや、実際に驚いてる顔だった。


「すごい、本当に“魂が整う味”ですよこれは……!」


おい、それもまた過剰表現じゃないか。


「このスープ、いくらで売っているんですか?」


「売ってない。タダだよ。必要な人に出してるだけ。宿代も同じだ」


「無料……!? あ、あり得ない……!」


ガイラスは地面にへたり込んで、しばらくうんうん唸っていた。

が、やがて顔を上げ、ぎらりと目を光らせて言った。


「……わかりました。正式に“スープ屋設立”の援助を申し込みます。屋台形式で十分です! ご検討ください!」


いや、俺の返事まだ聞いてないんだけど。


「じゃあ……仮に店を出すとして、条件は?」


「条件……?」


「俺たちはこのダンジョンを“都市”にしようとしてる。モンスターも妖精も、魔族も、来たら受け入れる。帝国がそれを認めないのなら、何も売らない」


「……それについては、検討の余地があります」


「じゃあ、いったん帰って、ちゃんと上に話を通してきてくれ」


「……承知しました。では、今日のところは失礼いたします!」


そう言って、ガイラスは名残惜しそうに空になった椀を見つめたあと、ぺこぺこと頭を下げながら去っていった。


そして、その晩。

ぷにたと蜂妖精たちとで、スープを囲んだ。

その味は、今朝とまったく同じだったはずなのに、少しだけ、深みを増していたような気がした。


たぶん、それは気のせいじゃない。


このスープは、誰かに必要とされたとき、一段と美味しくなるのかもしれない。


――そして、それを求めて、これからもまた“誰か”が訪れるのだろう。


―――――――――――――――――――――――――


あとがき

今回は、都市の外から“公式の来訪者”がやってくるという展開でした。

スープが都市のシンボルになる、という流れは、今後「観光」「交易」「交渉」といった要素に発展していきます。

一杯のスープから国と交わる――そんな優しい都市外交の始まりでした。


次回は、スープ屋の準備編と並行して、思わぬ“客”が訪れます。

それは、魔王軍の斥候です。


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