第5話 旅人が来た!宿を作ろう
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ある朝のことだった。
いつも通り、ぷにたと蜂妖精たちとで畑の手入れをしていた俺の耳に、聞き慣れない音が届いた。足音だ。
いや、複数人の――しかも、泥にまみれたブーツのような、長旅の末に重く沈んだ足音だった。
「マスター、だれか来たよ……ぷにっ」
「わかってる。……蜂妖精たちはいったん巣に戻ってもらって。ドボル、前に出てくれ」
俺は警戒心を露わにしつつ、畑の入り口に立った。
ここは一応、ダンジョンだ。どれだけのんびりしていようと、“本能で攻撃してくる冒険者”という存在もある。
だが、その足音は妙に不安定だった。一定のリズムがない。
まるで誰かが、誰かを支えるようにして歩いてきている――そんな足取りだった。
「……失礼します。こ、こんにちは。誰か……おられますか……?」
畑の柵の向こうから現れたのは、旅人風の二人組だった。
一人は女性。エルフのような尖った耳を持ち、肩で息をしている。ボロボロの旅装と、壊れた杖を握っていた。
もう一人は少年。人間の子どもで、背負った荷に明らかな重量感がある。しかも、片足を引きずっていた。
彼らは、俺を見るなりぺたんと膝をついた。
「お願いします……ほんの一晩でいいんです。雨をしのげる場所を……」
「……追われてるのか?」
「……はい。いや、“逃げた”と言った方が正しいのかもしれません」
このダンジョンに人が来るのは初めてだった。
これまでは、モンスターとスライムと妖精たち。共に生き、耕し、食卓を囲んできた。
だが、今目の前にいるのは、明確な“保護対象”だ。
そしてなにより、彼らは“戦う意志”ではなく、“眠る意志”をもってこの土地を訪れた。
「……うちには宿はない。でも、屋根付きの作業小屋と、風除けのハウスがある。寝床にはなるはずだ」
「それで、じゅうぶんです……っ」
少年が涙ぐみながら頭を下げた。
俺は慌てて彼に肩を貸しながら、畑の脇にある資材置き場のプレハブ的な小屋へと案内した。
中には工具、乾草、予備の水樽。蜂妖精たちがときおり寝床にしていた場所だ。
だが、それはあくまで応急だ。
俺は決めた。この都市に、“ちゃんとした宿”を建てようと。
◇
「宿を作る、だと?」
ぷにたがバケツを落としかけるほど驚いた。
いや、そりゃそうだろう。俺が今まで建てたものといえば、畑の柵と水場の井戸、あとは農業倉庫くらいだ。
「旅人がくるなら、受け入れる場所がいる。畑の片隅で寝させるわけにもいかないし、これから先、誰かがまた来るかもしれない」
「賛成だ」
声の主はドボルだった。寡黙な石ゴーレムが、初めて“はっきりとした賛成”を示した瞬間だった。
「じゃあ、場所はあそこだな」
俺が指差したのは、畑と水場のちょうど中間。
やや高台で、地盤がしっかりしており、朝日の差し込む絶好の立地だ。
そこに、小さくていいから屋根と壁と、寝台と――何より、火の灯る場所を作る。
俺はダンジョンコア機能を起動し、建築カテゴリを開いた。
《【宿屋(簡易型)】:15MP/木造平屋/3部屋+共用スペース/調理台付き/宿帳登録可能》
これしかない。
俺は迷わず、宿屋の建築ボタンを押した。
◇
建築には一晩かかった。
ドボルが黙々と木材を加工し、蜂妖精たちが蜜蝋で防虫処理をし、ぷにたがひたすら足場を均してくれた。
そして朝。
それは見事な小屋だった。
ベッドは木製で、干し草が敷かれ、布団もふかふかとは言えないが寝られるだけの清潔さはある。
共用の調理台では簡単なスープや茶を沸かせる。
そして、何よりも一番大切なこと――
「ありがとうございました……本当に……」
少年のまどろむ声と、エルフの女性がそっと瞳を閉じる安らかな寝息。
それらが、この宿に“意味”を与えていた。
俺の都市に、最初の“宿泊者”が現れた。
そしてこの宿が、誰かの“帰る場所”になった。
それだけで、作った甲斐があったと思えた。
◇
その日、俺は初めて“都市”という言葉を本当の意味で理解した気がした。
家があることではなく、誰かが安心して目を閉じられる場所があること。
そして、また目を開けたときに、何かを食べて笑える時間があること。
それが、このダンジョンの目指す姿なのだろう。
俺は、宿の入口に一枚の板を立てかけた。
《旅人の宿 ようこそ。
お代はいりません。
笑顔と、お話と、できれば土産話だけ持って帰ってください。》
あとがき
本話は、「都市に人がやってくる」という大きな転機を描きました。
単なるインフラ整備を越えて、“人の営みが始まる瞬間”をテーマにしています。
今後、都市には「計画外の訪問者」が増え、やがてこのダンジョンが多種多様な人々に開かれていく流れへと進んでいきます。
次回は、魔王軍の斥候が「偵察目的」で訪れる事件編です。
のんびりした空気の中に、ほんの少しの緊張が漂い始めます。
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