第2話 ギルド試験で猛獣を吸収したら規格外認定された件

冒険者ギルド《黄昏の角笛》。

かつては辺境の酒場程度の規模だったが、ここ半年で“なぜか”王都の有力者が集う、伝説のギルドへと変貌を遂げていた。


原因?たぶん全部、レナ=フォン=ヴァルデマルのせいである。


「……で?なんで私、試験受けないといけないの?」


「だって、まだ“仮登録”ですから!本登録するには《戦闘能力の証明》が必要なんですよ!」


ギルド長・ボルドーが書類をバンと机に叩きつける。


「いくらスピーチで貴族社会に核爆発を起こしたとはいえ、さすがにそれだけじゃ認定はできないので!」


「それ、もう戦闘じゃなくて政治的破壊活動では……」


レナは溜息をついた。

とはいえ、ギルドに居続けるには避けて通れぬ試練――ということで、現在は“戦闘力確認のための模擬試験”が控えていた。


「試験相手って誰?腕に覚えのある冒険者?それとも、訓練用の魔獣とか?」


「うーん。ちょっとした“サプライズ”です!」


ボルドーがニッコリ笑う。


その笑顔の後ろに、何かが爆発したような嫌な予感が漂っていた。




試験当日。場所はギルド裏の広大な闘技場。

観客席には、既に関係者や暇を持て余した貴族たちが大勢集まり、なぜか賭けまで始まっていた。


「やあ! 婚約破棄スピーチの彼女だ!」


「今日はどんな“口撃”を見せてくれるんだろう!」


「いや、今日は“物理”で来るらしいぞ!」


期待と偏見に満ちた歓声のなか、レナは静かに立っていた。

袖付きの軽装戦闘ドレス。ブーツは革製、剣は腰に――だが、どこか力を抜いた姿勢。


対する試験相手は――巨大な魔獣グラン・ファング


「おいちょっと待て!?あれ、階級試験じゃなくて“討伐クエスト”の対象じゃないの!?」


「あの魔獣、前に王都の城壁に突っ込んできた奴だぞ!?」


「主食が鉄と人間の混合っていう超危険種じゃねぇか!!」


観客席が騒然とするなか、ボルドーがマイクを持って叫んだ。


「さあ! ギルド仮登録者・レナ嬢の《規格外試験》スタートです!!」


\おおおおおおおおおおお!!!/


もはや何が始まったのか分からない盛り上がり。

レナは剣を抜きながら、心の中でぼやく。


(はあ……言いたくなかったけど、もう限界ね)


瞳が、一瞬だけ赤く光った。




――彼女には、誰にも言っていない秘密があった。


侯爵令嬢として育てられ、礼儀も剣術も魔法も叩き込まれたレナ。

しかし、その中で誰にも見せていない“才能”がひとつだけある。


《対戦相手の能力を吸収・再現する》――という、文字通りチートなスキル。


発動条件は簡単。

・対象と一定距離で交戦すること

・自身が「明確な殺意」を抱くこと

・それだけ。


(いやー。婚約者に浮気されてから、このスキルちょっと活性化してるのよね)


「来なさい、グラン・ファング。ちょっとだけ“借りる”から」


ズウゥゥウ……という重低音とともに、魔獣が突進してくる。


観客席の誰もが思った。


――死ぬッ!!!!!


だが次の瞬間。


レナの目が、赤く煌めいた。


(――スキル発動、《模倣:野獣因子Lv.1》)


身体に獣の気配が宿る。

骨格がしなるように変化し、脚に異様な跳躍力が。

さらに、爪の先が鋭利になり、筋繊維が瞬間的に強化される。


レナは宙を舞った。

空中でくるりと回転しながら、獣の首筋へ向けて剣を振り下ろす。


斬撃は、風を裂いた。


……そして次の瞬間。


グラン・ファングは、尻尾を巻いてその場に崩れ落ちた。


「え、ええええええええええええええええええ!!!?」


観客全員の絶叫。

誰かが叫んだ。


「魔獣が……降伏した!?」




「はあ……また派手にやっちゃったわね」


試験後、控え室。レナはひとつ息をついて、服についた血と獣毛を払い落とす。


その背後から、拍手が聞こえた。


「……君、何者だい?」


振り返ると、そこにいたのは――黒衣の青年。

鋭い目。高い魔力を感じさせる気配。そして、見覚えのある顔。


「え……あんた、王国魔術学院の、エリオット=グレイ……?」


「君のスキル、見せてもらったよ。まさか《因子吸収型》とはね」


「……!」


「気になるなあ。ぜひ、僕のパーティに入らないか?」


その申し出に、レナは――


「ごめんなさい、今日の夕食はギルドの筋肉剣士とカレーを食べる約束してるの」


即答で断った。




「……いや、まさかあんなバケモノを膝つかせるとはね」


ギルド本部の作戦室にて。

黒衣の青年――王国魔術学院・主席魔導士にして、貴族派閥の“魔法の切り札”エリオット=グレイは、じっと窓の外を見つめていた。


その手元には、今日の戦闘記録の魔法映像。

そこには、魔獣の動きを正確に読み、スキルを吸収し、跳躍と一撃で戦闘不能に追い込むレナの姿が映っている。


「《吸収模倣》系能力者……しかも、対戦相手のスペックを一時的に“上書き”できるとは……」


傍らにいた副官がポツリ。


「ですが、ギルド所属の一般冒険者では……管理が難しいのでは?」


「その通りだ。だからこそ――」


エリオットは椅子に座り直し、書状を手に取った。


「王国魔術学院として、正式に“確保”に動く」




その頃、ギルド食堂では――


「カレーおかわり!」


「って、ミーナ!?あんた三杯目!」


「お嬢様の快挙に乾杯してるので、カロリーは実質ゼロです!」


「その理論、冒険者全員に感染させるのやめて!」


そんな具合で、食堂は大宴会状態だった。


あの戦闘のあと、グラン・ファングは“牙”と“再生因子”をレナに譲り、森へと帰還。

「彼女に勝てる相手はいない」とまで言い残し、伝説のような去り際を決めた。


結果、レナのあだ名は「猛獣調教師」「笑顔の戦闘狂」「グリフィンより怖い淑女」など様々つき――

正式にギルド所属となった。


「いやー。ほんと伝説級の新入りだよ!」


と、ボルドーが笑いながらカップを掲げる。


「もう、王国軍からも声がかかってるらしいし、魔術学院のエリオットくんも“スカウトしたい”って直談判に来てたよ?」


「無理無理。あの人、“研究”って言って女の髪とか抜きそうなタイプだったし」


「的確な偏見で草」


レナは苦笑しつつ、スプーンを置いた。


「……でも正直、少しだけ迷ってるの」


「えっ」


「ギルドって、楽しいけど。あのスキルを本当に制御しようと思ったら、魔術学院で専門の教育を受けた方が――」


その言葉に、場の空気がピリリと緊張する。


剣士が、静かに立ち上がった。


「レナさん。確かにあのスキルは強い。危険でもある」


「……うん」


「でも、だからこそ。信じられる場所で使うべきだと思うんだ」


「……信じられる、場所……?」


剣士は笑った。


「俺ら、別に国家機関でも、研究機関でもねぇ。だけど、命張って隣で戦う仲間なら――レナさんが暴走しても止めてやれる」


「筋力で?」


「筋力で!」


「それは……ちょっと説得力あるのが嫌!」


すると今度は、猫耳魔術師がメモ帳を差し出した。


『もしレナさんが“敵に回ったら怖い”って思うなら、先に味方になってもらえばいいと思います』


『それに。料理も、爆弾も、回復も、下手だけど楽しいから、レナさんも“下手でも楽しく生きて”ください』


その言葉に、レナは――


「……ずるいなあ、ほんと。もう、選べないじゃない」


ふっと笑った。


「……だったら、決まりね。私はギルドでやっていく。ちゃんと、仲間として」


大歓声。


パァン!と爆弾錬金術師の作った“祝い爆弾”が爆発し、食堂の天井が少しだけ焦げた。


だが、その決意表明の直後。

ギルド本部の門が、激しくノックされる。


「ギルド長!王国軍からの書状です!」


中身は――


『当ギルド所属の冒険者レナ=フォン=ヴァルデマル嬢について、スキルの性質上“王国軍直属指導下”に置くことを正式通達とする』


王印付き、国王署名済み。


場が静まり返るなか、レナはぽつり。


「……ねえ、ミーナ」


「はい?」


「この国、私のこと好きすぎじゃない?」


「お嬢様の毒舌スピーチ動画が、今ちょうどバズってます」


「なにそれ、怖い」




「これ、もう“お願い”じゃなくて、ほとんど“召し上げ”よね?」


ギルド長室にて、レナはふてくされたように腕を組んでいた。

目の前に置かれているのは、王国軍直轄部隊の通達書――“彼女を魔術訓練課程に強制編入させ、王国管理下に置く”との記載つき。


「ねえ、ボルドー。これ、どう思う?」


「うーん……何もかもが国家権力のやり口って感じで最高にムカつく」


ギルド長ボルドーは机をバンッと叩いた。


「うちのメンバーを“スキルが強いから”って理由で強制連行とか、冒険者の誇りが泣くぜ!」


「私の誇りはスピーチ力だけどね?」


「それがすでに武器だから困る」




その夜、ギルド作戦会議室。


メンバーは全員集結していた。

筋肉剣士、猫耳魔術師、爆弾錬金術師、酒浸り僧侶、メイドのミーナ――そしてレナ。


「ということで、“レナ奪還(※そもそも渡してない)阻止作戦”を決行するわ」


ホワイトボードには太字で書かれていた。


《作戦名:エリオットぶっ飛ばして国に喝入れろ大作戦》


「名称が物騒!?」


「酒の席で決めました!」


「正式採用しないで!」


だが、作戦内容は意外と理にかなっていた。


① レナはあくまで“ギルド登録者”。王国が勝手に連行するのは違法。

② 法律上は“レナ自身の意志”が最優先される。

③ ただし、魔術学院は“精神操作疑惑”や“能力暴走の危険性”などを名目に、強制移送を試みてくる可能性あり。


「というわけで、“どれだけ私がまともか”をアピールする、公開模擬戦をやるわ」


「模擬戦って……誰と?」


「エリオット=グレイ本人よ」


ギルドがどよめいた。


「お嬢様、お言葉ですが、バカなんですか!?王国の至宝ですよ、あの人!?」


「大丈夫。彼、たぶん“本気出さずに勝てる”って思ってるタイプ」


「……そういう男、スピーチで一番ぶっ叩く相手ですね」




翌日。王都中央広場――


「お集まりの皆さま、ようこそ!」


マイクを持つのはギルド長ボルドー。

その横には、優雅に佇むレナ。

その正面には、漆黒のローブに身を包んだ天才魔導士、エリオット=グレイ。


「条件は簡単。どちらがより“理性的で、制御された力を持っているか”を示すのみ」


観衆は三百人以上。貴族、兵士、果ては王族の使いまで来ている。


「準備は?」


「ええ。私は“いつも通りの私”で戦うだけよ」


「ならば、失礼を」


戦闘開始。


エリオットは空間を歪ませ、周囲に魔法陣を展開。高次元魔法空間転移の矢を展開する。


一方、レナは――静かに前に出た。


「……エリオット様。ご立派な魔法ですね。でも一つ、気になることがあるんです」


「……?」


「どうして“貴族の魔法”って、いつもこうも長くて、面倒で、威張ってるだけなんでしょう?」


「……!」


その瞬間、空気がビリついた。


「私の“スキル”は確かに危険かもしれません。でも、誰にも傷つけられず、誰も見下さずに生きていくための手段です」


そして――彼女の瞳が赤く光った。


(発動――《模倣:高次魔力操作Lv.2》)


エリオットの空間魔法を、一瞬で模倣。

展開される逆向きの魔法陣。空間を“吸収”するような異様な歪み。


「この能力は“力”じゃない。――“対等に立つための力”よ」


放たれたのは、彼とまったく同じ魔法――だが“反転したベクトル”により、完全に打ち消した。


エリオット、硬直。


「……まさか、即時模倣で“中和”まで……」


「次は、“黙って”いただけます?」


バシュッ!!


彼のローブだけを切り裂いた風圧が、髪を揺らす。


静寂。

やがて――


\ブラボオオオオオオオ!!!!!!/


観客から割れんばかりの歓声。

エリオットは立ったまま敗北を認め、黙って一礼した。




「というわけで、正式にレナ=フォン=ヴァルデマル嬢は、ギルド所属に決定!!」


ギルド長の叫びに、食堂がまたも宴会と化す。


「やっぱ、レナさんが最強だった!」


「さすが我らが毒舌女王!」


「異論はスピーチで黙らせる!」


レナは苦笑しながら杯を掲げた。


「……ほんともう、貴族社会よりこっちのが性に合ってるわね」


レナ=フォン=ヴァルデマル、十八歳。

元婚約者に婚約破棄された貴族令嬢は今、ギルドで最高に自由な“冒険者”として生きている。


彼女のスキルは――


言葉と、模倣と、毒舌と、ほんの少しの勇気。


そして伝説はまた始まる――。

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