第1章 ― 男 ―

最初はただ、感動しただけだった。

彼女があのガラスの中にいるのを見たとき、魂が震えた。水を浴び続けながら、決して声を上げず、泣きもせず、ただそこに“在る”というだけで、彼女は世界中の苦悩を背負っているように見えた。

俺はそれを見て、「助けなければ」と思った。

理解できた気がした。いや、確信していた。 彼女は本当は助けを求めている。あの「ノー」はただの演技だ。芸術家がよくやる挑発だ。

だから紙に書いた。「助けてほしいか?」

彼女はまた、あの無感情な口の動きで言った。

「ノー。」

でも俺にはわかっている。あの“ノー”が、ほんとうは「イエス」だということくらい。

芸術家は嘘をつく。仮面をかぶる。だが、その仮面の下に本物がある。

俺はそれを見抜いている。誰よりも近くで、誰よりも深く。

そして、もし彼女がこのまま苦しみ続けるのなら──それを止めるのが、観客である俺の役目なんだ。

そのためなら、俺は何だってする。

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