水の檻

さわこ

プロローグ ― 彼女 ―

水の音だけが、世界のすべてだった。

肌にぶつかる冷たい粒が、ひとつひとつ、意識の表面を削っていく。だが、それすらもう何日目かには、瞑想のような心地よさへと変わっていた。

この空間には、時間の流れがない。

初日は震えた。二日目は泣いた。三日目には、ただ座った。そして今はもう、何も感じない。

「存在すること」が、唯一の表現だった。

ガラスの向こう側には、常に誰かがいた。携帯のカメラをこちらに向ける者、ただ立ち尽くす者、泣く者、笑う者。そして──紙を掲げる者。

「助けてほしいか?」

口元だけが、うっすらと動く。

「ノー。」

あれは、何度目だっただろう。 男の顔はよく見ると、ほんの少しずつ歪んできていた。

その歪みが、彼女の中の警鐘を鳴らす。 でも、それもまたアートの一部なのだ。

私はまだ、終わっていない。 この空間で表現し続ける。それだけが、わたしの存在理由だった。

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