第16話「金」
さて、魔力の問題は金で解決しようという金の亡者みがあることをしようとしているわけだが。
アリスからすれば武具屋で買うという思考になっているはずだ。
武具屋、ね。いい思い出がないな……。
今度こそいいアイテムを売ってくれると思うか? ってもんだ。
けど、まぁ。ある程度まとめ買いして、後はショップで買えばいいのだから……。
多少の我慢は必要だな。
ふう、とため息をついて、言葉を零す。
「世の中やっぱ金だなぁ……」
俺の言葉を拾ったアリスが、苦笑を見せてくれる。どこか悲しそうな苦笑を。
「生きるにも何にも、お金は必要ですからね。私は幸運です、シローの傍に仕えることができて」
……そうか。アリスが育ってきたような環境で、今も生きてる子もいるんだもんな。
救えないだろうか? と考えるあたり、偽善者と言うべきか、勇者らしいというか。
それらも踏まえて考えると、「一歩ずつ進む必要がある」……それに至る。
今は……自分ができることをする必要がある。
けど……
「なぁ、アリス。金さえあれば、誰でも幸せになれると思うか?」
独りごちるように呟くと、アリスの瞳は動揺で揺れ動いた。
「……人によると思います」
その小さな一言で、“救う”という重みを再度確認する。
金があるだけではダメなんだ。
この環境をなんとかできるかもしれないという甘い理想と、そうはいかないぞという厳しい現実。
……おかしいな、地球にいた頃の俺は、こんな人間じゃなかったのに。
いい方向への変化に、不思議と安堵する。
「アリスは等身大の返事をしてくれるから嬉しいよ」
そう言ってそっと柔らかな髪を撫でる。
「よかったです」
そう笑顔で言ってくれるアリスには、まだ幼さが残って見えた。
さて……。少し話がズレたところで、寝支度を整え始める。
アリスに明日は武具屋に行くぞ、と告げて。
なんだか今日は眠れるような、眠れなさそうな……そう、高揚感で少し落ち着きがなくて。
俺がこの世界を変えてやるなんてだいそれたことを考えているからだろうか。
けど……きっと、悪いことじゃない。
そう思いながら、ショップで鉛玉を見る。一つ、1ペイ。いい商売をしてらっしゃる。
アイテムボックス行きへと設定して、そうだな……500個程購入しておく。
これで弾切れは相当でなければ起こさないはずだ。
ベッドの中、ぼんやりと考える。
この世界のこと、まだまだ知らないことだらけだ。
けど、今は一歩ずつ進むしかないんだ。
それだけは、変わらない現実だった。
翌朝、目を覚ますとアリスは俺が渡した大剣を眺めていた。
「どうした、アリス?」
「いえ……このような上等なものは見たことがなくて……」
そりゃ合成して品質上げてるからなぁ。
なんて言葉は閉まって。
「いい見た目してるなで買ったんだけど、気に入ってくれたなら良かったよ」
からりと笑ってみせると、「シローには見る目があるんですね」と嬉しそうに言葉を零した。
いつか本当のことを言いたいな。でないと、罪悪感で俺が潰れそうだ。
俺を信頼してくれるアリスには、嘘をつきたくない。
いつかは、きっと。
「さて……鉛玉買いに武具屋行くけど、ついでにほしいものなんかはあるか?」
「ほしいもの……HP回復アイテムはほしいですね」
回復アイテム……完全に忘れてたな。
「ヒールポーション、数個はほしいですね」
「了解、じゃあそれは買おう」
俺はアリスから譲られた拳銃とホルダーを装着して、支度を終える。
…………ヤベー、悪いことしてるみたいなんだが。
はらはらとする心と、楽しみだという心。
きっと構えりゃ手は震えるんだろうけど。
この非日常に、俺は酔っていたようだった。
アリスも大剣を背負って、支度ができたようだった。
いつまでもスーツ姿というのは動きにくそうだ。動きやすい服を選んでやりたいものだが……。
きっとアリスのことだ、構わないと言うのだろう。
今回みたいに使わざるを得ない状況にしないとな……。そう思いながら、家を出る。
「ところで、シロー。こんな立派な剣、いつ買ったんですか?」
あっ。聞かれたくないことを聞かれてしまった。
「ナイショ、黙秘権を使います」
「あっ! ズルいですよ、シロー!」
そんな言葉で、最初とはもう別人と言えるほどの笑顔を見せてくれるアリスを見て、心が温まる。
こういった笑顔が見れるなら、俺はきっといくらでも頑張れる、と。
俺の大きな野望は隠して、今日も小さな行動を取り続ける。
少しして、武具屋に着く。いつかのこと、忘れてないんだからな。
キィ……と軋む扉を開けて、中へと入る。
「いらっしゃー……うわッ! アンタ……」
「前はいい包丁を見繕ってくれてありがとうございました、今日は鉛玉が欲しくて」
笑顔を貼り付けて、首を傾げる。相手からしたら不気味な存在と捉えられただろう。
それでも商売というものには欲が出る。
「一つ5ペイでさぁ」
……強気に出たな。
ショップの1つ1ペイのことを考えると――ボッタクリだ。
一応冒険者ギルドがあるこの国で、戦争がないからと言っても高すぎる。
それについて言及しようとしたところで、アリスが口を開く。
「おかしいですね、鉛玉は最高価格は国で定められていて……3ペイであったはずですが」
店主の顔が、青褪めていく。
「違法店として告発しましょうか、シロー」
おう……さすが叩き込まれただけある。
この脅しはよく効くだろうな。
「アリス、そんなことはしなくていい。前も世話になってるんだ、きっと――」
「ヒールポーションを10本つけた上で、100発分500ペイって言いたいんだ。ですよね?」
都合よく捻じ曲げた提案をしてみる。
こんなのされりゃあ大赤字だろうが、まぁ。やらかしてることはやらかしてるわけで。
「そう! ……そう! 勇者様の言うとおりでさぁ!」
嗚呼……可哀想に……と同情している俺もいる。
アリスの無垢さが狂気になることもあるんだな、と改めて知った。
……怒らせないようにしないとな、と内心苦笑しながら鉛玉とヒールポーションを受け取る。
その時に、小声で「覚えてろよ」と囁かれる。
……あれぇ? 俺、なにかやらかしちゃいましたか? なんて定型文を堪えて。
「自分の立場を再確認したほうがいい、アリスはコネクションがあるから敵に回さないほうがいい」
それだけ言って、立ち去る。
命でも狙われるかな、なんて軽く捉えたが、どうなることやら。
今回の一件で解ったのは――。
アリスのコネクションを舐めないほうがいいということだ。
元々は城で教育を受けてたんだから。
ああ、怖いなぁ。……それと同時に、頼もしさも感じざるを得なかった。
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