第14話「ホットミルク」

「さて、茶でも……ってとこで、だ。まず……茶葉を買おう」

「茶葉、ですか」

「うん」

 

 おかしなことを言っただろうか。アリスは口元に手を当てて考え込んでいるようで。

 

「……高い、ですよ? 茶葉は高級品です」

「えっ」

「それこそ貴族でもないと……」

 

 いつの国だよ! なんてツッコみたくなる時代だなぁと思いつつ、代案を考える。

 なにか飲み物がいいんだよなぁ……と。冷蔵庫を開けてみる。

 うん? 冷蔵庫なんてあったっけ? あった。無意識に望んだのかしらないが、そこに冷蔵庫はあったのだ。

 こんなことが起こる家、そうないぞ。と、内心呟きながら俺と目を合わせてしまったのは、“なにかの乳”。

 

「じゃあ、ホットミルクにしよう」

「ほっとみるく」

「ぎゅうにゅ……ああ、乳を温めたやつ。簡単な工夫だけど、うまくなるんだよ」

 

 オムレツやらフレンチトーストで使った残りがまだあったおかげで、ほっと一息つけそうだ。

 ……ホットなだけに!?

 

 ……なんて、どこかのゲームで言ったらSE付きでどアップされそうだ。

 俺も歳を喰ったな……なんて思いながら、鍋に牛乳を入れて加熱し始める。

 ふわりと甘く漂う香りに、アリスも「いい香りですね」と言ってくれて。

 

 だろう? 社畜極めて胃痛でダウンしてたときには世話になったもんだぜ。

 なんて言えば「しゃちく?」と言われかねないので口をつぐむが。

 社畜だけは説明したくない……と考えていれば、「額にシワが寄っていますよ」と指摘される。

 …………。

 今頃失踪届でも出されてるのかな、なんて一瞬考えたが、前世……? では恋人もいなけりゃゲームしすぎの両親からの絶縁も喰らい、連絡を取ってたのは社畜同氏かゲーマー仲間だけだ。

 届け出が出るまでには時間がかかるだろうな……と思いながらカップにホットミルクを注ぐ。

 

「嫌なことでも思い出しましたか……?」

 おずおずと聞いてくれるアリスに、笑顔でこう返す。

「ああ、いや……俺、こっち異世界来て正解だったなって」

 

 あっち現実にいたところで何も変わらなかっただろうから。

 けど……。

 

 …………。

 滞在時間……。

 

 引っかかるんだよな。

 プレイ時間を当てはめれば俺がこの世界にいる時間だろう、だけど……中身は確認していなかった。

 

「先飲んでてくれ」

 

 机にホットミルク入りのカップを置いて、本棚に向かう。

 先程までは日本語だった背表紙が――ええ。なんで変わってるんですか。

 俺の“お勉強”が必要な言葉に変わっていることを確認して、いや、してしまったが正しいが。

 先ほど「滞在時間」の文字があった本を手に取り、確認する。

 その本は――いや、本ではない。ただ色紙を折りたたんだようなもの。

 それには。

 

『ちきゅう 247,519じかん』

 

 ――――――。

 

 え? あっちでの時間、なんて、あったって……。

 もしかして……。

 

 ど……どこでも……ド……。

 

 …………。

 そっとその本を閉じる。

 

 いやさ。

 

 そんなのチートじゃん。

 

 チートじゃん!!

 

 だめだって。

 

 バランス崩壊する。

 

 そもそもここは同じ宇宙内とも思えない。量子物理学……とかもわからん。

 

 もしかして……。

 

「エンディング後の隠しアイテムか……?」

 

 いや、エンディング後ってなんだよ。それもう死んでんじゃねーか。

 けど、何かしら意味はあるはずだ。

 別にあっちの寿命に未練はないし、それでも俺が望んだ本ってことは、なにか意味があるんだ。

 と、思う。

 

 ……とにかく、この本のことは一旦忘れよう。

 あれだろ? 裏ボス倒したら謎の扉が開いてーとか、そういう。そういうレベルのもの。

 つまり……。

 

「やり込まなきゃ始まりも終わりもないな」

 

 ふっ、と一つ溜息をついて、本棚に戻す。

 けどさ、これ。地球はまだいいけど。

『??? たいりく』がいっぱいあったから、いやこれ……。

 

 俺、大冒険確定してませんか? のんびり過ごしたいんだが?

 

 衝撃だらけの本棚から離れて、作り笑顔を浮かべながらアリスの下へと駆ける。

 

「おまたせ、先飲んでてよかったのに」

「いえ、何やら深刻そうな表情をしてらっしゃったので」

「はは……」

 

 大丈夫ですか? と優しく微笑むアリスに安堵を覚えて。

 

「アリス、この世界には何カ国あるんだ? 大陸とかも知らなくて……」

「それらは言葉を学び終えてからのほうがよいのでは?」

「うぐっ」

「冗談ですよ」

 

 この数日で随分打ち解けてくれたなぁ……と感動しながら、ホットミルクを啜る。

 ……ぬるいけど。

 これも一つの思い出だな……と、じんわりと胸のあたりから広がる温もりを感じながら。

 

 この世界をもっと、深く知ることを決めた。

 

 

 ……いつの日か、俺が再びあの地を踏むことがあるのだろうか?

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