第13話「本棚」
あれから眠っていたアリスが起き、何度も頭を下げられた。主人の前で眠ってしまうなんて……と。
正直それだけ安心してくれたのだと俺は嬉しい限りだったのだが。
それに……。
「俺はアリスとの主従関係を無くして、いつかは友達になりたいからな」
そう呟くと瞳を丸くしてパチパチとまばたきをする。
後に、「ともだち?」と間の抜けた声が返ってきて。
その声に思わず吹き出す俺を、「おもしろいところでしたか?」とこれまた不思議そうに見守るアリス。
「いいや……アリスもそんな声を出せるんだなって思っただけ」
思わず頬が緩むも、目を細めて笑って見せる。
「私だって人間ですから」
「そうだな」
人間、なぁ。俺からしたらまだ、たまにゲームの登場人物に見えてしまうけど。
「夢じゃないんだよな」
あれもこれも、今まで起きたこと全てが現実で、夢ではない。
錬金術が使えたことも、家が変化したことも、こうしてアリスと過ごしている時間も。
夢ではない。
夢じゃないなら――。
「尚更勉強しなきゃだよなぁ」
「勉強、ですか?」
俺のぼやきを拾ったアリスに頷いて見せる。
「俺はまだこの世界の文字が読めないから、勉強しないとなんだ」
「そこは勇者特権じゃないんですね」
「言うなよ、そういうこと」
思っていることをメタく突っ込まれ、力なく項垂れてしまう。が、まぁこの家のことを思えば当然っちゃ当然のツッコミではある。
「そこの本棚の本を読んだりはしないのですか? 私が読み上げるので文字を見てもらえば……」
「なるほど、そういや本は見たことなかったな。確かに来てすぐのとき、ぺかーっと光ったのは覚えてるけど」
そう、ぺかーっと光ったのだ。ぴかーっとではない。気付いたら本の名前が変わっていて……。
今であれば、この家の特質だと理解できる。じゃあ、俺が望んだ本たちって……?
「……シロー? 本棚にある本、文字がこの国のものではないようですよ」
「え?」
いつの間にか本棚まで移動し、確認してくれたアリスが首を傾げる。
いやいやいや、この国のものでない? そんなの一つしかないが?
「なに……攻略本でも入ってんの……?」
「こーりゃくぼん……?」
いやいやいや。いーやいやいやいやいや。
さすがにな。
急いで本棚を確認しに行く。と……。
「……リアル攻略本だ」
そう呼んでしまうのはゲーマーの性と言えよう。
地図、特産品、気候。その他にも、素材、アイテム一覧、戦歴、滞在時間……うん、滞在時間? いや、なんだそれ?
とにかく、ゲームでいうならば見ようと思わなければわざわざ見ないであろう、“攻略情報”。
それらの一覧が、一冊一冊分かれて本棚の中に収められていた。
この世界で生きていくにしても、これは……神は俺に一体どれだけ褒美をくれれば気が済むんだ?
っていうか、ここだけ日本語使うなよ! 頭が混乱するわ!!
この国の言葉に馴染めたら背表紙を変えるとして……いや……これは……。
「これは時間が溶ける……!」
アイテム一覧、と書かれた本を手に取り、“なにかの卵”や“なにかの乳”がイラスト付きで存在していることを確認し、“
他のアイテムが『???』で埋められているのもゲーム仕様だよな……。
にたぁ。思い切り破顔するのが俺自身でも分かる。
いや……こんなの! ゲーマーからしたら!!
「宝ッ!!!」
思わず叫んだ俺に、驚いたように身体を跳ねさせこちらを見てくるアリス。
ごめんって。
「いや……宝のような、本たちだなぁって」
にっこり、と笑みを浮かべて言えば小首を傾げられる。
「中身、何も書いてないのにですか?」
「え?」
俺が見ていた本を覗き込み、そう言葉にするアリスに今度は俺が首を傾げる番だった。
「真っ白……ですよね?」
真っ白……真っ白か……?
「いや、イラスト付きの本だけど……」
言ってから気付いた。
『他人には見えないすごい力』ですか? 異世界転生お約束の?
あ~……と。思わず零す。
説明しようがない。そうなってくると。
どう説明したものかと思考を巡らせていると顔に出ていたらしい。
「シローには見える、何かなんですね。ふふ、わかりやすいです」
「あー……察しがよくて助かるよ、アリス」
本当にこういうときにはアリスの聡明さに助けられる。
しかし……。
やはりというべきか、“登場人物図鑑”はないことから俺の人生の手助けをするための本棚になっているのだろう。
関係は自分で作り上げろってことな。攻略に頼らずに……リアルだなぁ。
関心と感動で呆けていると、眼の前で手を振られて身体が思わず反応する。
「シロー、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、平気。これ見てたら
あながち間違いではない。
一覧を見てれば何を組み合わせればこれができる、と脳内で勝手に始まるのだ。
やべぇ、ワクワクしてきたぞ……!?
何もかもがゲーム要素になってくれてる。あっちの世界もこうだったらよかったのに。
そう思い、弾む胸を抑えながら本を閉じ、本棚へ仕舞う。
「アリス、ちょっと茶でも飲もうか。また勉強しなきゃだから、それまでの癒やしってことで」
そう言ってアリスの背を押しキッチンの方へと向かうとき……。
本棚がまた、“ぺかーっ”と輝いたのに、俺は気付くことはなかった。
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