第12話「ゲームと風呂上がりと」


 上機嫌なアリスの鼻歌を聞きながら俺が先程付けたゲーム機、もといディスプレイと向き合う。

 ギルドでのやり取りもそうだったが、いつまでもアリスに頼っていたらいけない。

 せめて文字を読めるくらいにはならないと。

 

 ディスプレイには相変わらず英語とカタカナが混ざったような文字表記がされている。

 転生前から他国異国の言葉なんて興味は1ミリもなかったから覚えるのには苦労しそうだ、が。

 

「ボイスは日本語なのすげえ助かる……」

 

 ゲームの字幕機能にフルボイスゲーム。これは覚えないわけがなかった。

 日本語のように一音一文字が当てはまるのは前回のフラッシュゲームで覚えている。

 今は心の底から思う。

 

「英語みたいに複数の文字で一つとかじゃなくてよかった〜……」

 そう、俺が英語に対する苦手意識を抱いているのはそこだった。

 なんで発音しないのに文字がはいってるんだよ、とか。

 そんな悩みを幼少期――まぁ小学生から抱いていたのである。

 

 話は逸れた。この国の文字は日本語式、一度覚えてしまえばこっちのものだ。

 この歳から言語学習するとは思ってもみなかったが。

 

『今日はもう寝ちゃおうかな?』

 

 なるほど、小文字も日本語方式で小さく書くだけなのか。

 感嘆符に関してはそのままのようで、だったらそこも日本語と統一してくれよと思ってしまう。

 まぁ、あれも世界共通だったから……でいいんかな。わかんねえ。

 

 変な思考も巡らせながら勉強していると、「シロー」と声をかけられる。

 

「お、どうだアリス、スッキリした……か……」

 

 思わず息を呑んだ。

 前々からアリスは綺麗――女性と見間違うほどには――だったが、更に磨きがかかったと言えばいいのか。

 髪に艶が出て、ほかほかと温みを抱えながら、普段はあまり感じていなかった汚れも落ちた、ように感じる。

 肌が一段白くなって。髪の毛からは水滴が落ち――かけるのをタオルで吸い取っていた。

 水も滴るいい男、カッコちゃんと拭われる水。

 ……いやいやいや、人のことをそんなに観察するな!? と思いはするが、やはり癖は抜けないもので。

 

「……うん、ちゃんと入れたみたいだな」

「はい、とても暖かくて、こんな贅沢……」

「贅沢じゃないさ、この家の持ち主の特権みたいなもんだし、それに……」

「それに?」

「……俺がしっかりしてればもっと豪華な風呂だったんだろうと思うと……」

 

 アリスは首を傾げていたが、俺には大事な要素だった。

 万一にも日本人が来てみろ、「相当……ですね」と言葉を詰まらせながら笑われるに違いない!

 ある種の被害妄想を爆発させながら頭を抱えると、「シローも入ったらどうですか」と穏やかに笑みを浮かべられた。


「あー、そうだな、その前に……髪を乾かそうか、アリス」

 

 ちょいちょいと手招きしてドライヤーの近くに座らせ、カチ、とスイッチをスライドさせ、濡れた髪へと温風を当てる。

 ちゃんとしっかりと水気を取ってくれてるのか、すぐに乾きそうだった。

 さて、こんなことをされている本人はというと、「すごいです、あったかいエアロですか?」と楽しげな声を漏らすも、少しして反応が薄くなった。

 髪の毛がしっかり乾いたことを確認して冷風をさらりと当て、様子を見るとうつらうつらしていて。

 

 ああ……風呂上がりのドライヤーって眠くなるもんな。

 眠たげな、いや、もう眠りそうなその表情を見るとまだ子供っぽさが残っていて。

 

「少しはいい環境にしたいよな、ここも……この世界も」

 

 なんて、勇者らしいことを呟いてみせる。

 

 ……とは言っても、俺は一応錬金術師であり勇者……勇者扱いはされているが、それではないから。

 俺ができる範囲で、変えていこうか。

 

 今にも眠りそうなアリスをベッドに運び――たかったが、体格の差は大きいものだ。すまんと心の中で謝って、壁に寄りかからせる。

 

「錬金術つったら、これだよな……」

 

 勉強に使っていたゲームを閉じ、タイトルに「錬金術師」と入っているゲームを起動する。

「確かこのゲームでは、特性引き継いだり……ああ、やっぱ効能高めるんだよな。関連素材は採取して持ち帰ってから判定して――」

 ぶつぶつと仕様なんかを口にしながら頭にインプットしていく。

 このゲームを参考に、俺は俺ができることをやっていくだけだ。

 ……ベッドも高品質なのに作り直せるかな。もっとふかふかなベッドにしたいところだ。

 この程度の欲は、自分で満たそう。


 俺が初めて作った服たちの出来を信じて。

 俺にしかできないことをやってのけるぞ、という決意。

 穏やかな寝息を立てるアリスを見て、思う。


「俺が頑張ることで、アリスみたいな子が減るのなら……」


「全力出すってのが、大人ってもんだよな」


 一人、力強く呟いて、頷く。


 救える範囲だけになるかもしれない。

 手の届く範囲だけになるかもしれない。

 偽善者と言われるかもしれない。

 けど、今の俺は。転生する前の俺と違って力があるから。


「特別な力は、正しいことに使わないとな」


 そんな決意で――胸が温かさで満たされた。

 

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