第11話「望み」

 二人で使った食器を洗って片付ける。こうしてまともな食事を連続して食べるのはいつぶりだったか。

 些細な幸せを噛み締めながら、家の中を見渡す。

 まだ最低限なものしかない。それでもこの家は俺にとって心地よかった。

 誰かと住むなんて考えたこともなかったし、一軒家を持つことも考えたこともなかった。

 毎月三万円支払って住んでいた六畳一間のワンルームと比べると快適この上ない。

 異世界召喚は社畜の俺を救ってくれました、大好きなゲームの発売を奪うという代償付きで。

 なんて考えたともろで、どうしようもない。ゲームという要素が作った穴は、工夫してなんとか埋めよう。


 さて。昼飯も食ったことだ、“勉強”を再開しようと、ゲーム機に手を伸ばす。

 それを興味深そうに見るアリスの眼の前で、ピ! と響く起動音に、明かりを発するディスプレイ。

 どちらにも驚いたアリスは困惑しながら、「これは何ですか、すごい、魔法使ってるんですか? 板が光ってます!」そう、瞳を輝かせた。

 そりゃ驚くは驚くか。なんてったって日本の最新機器なんだから。P◯5なんか。

 抽選に抽選を重ねてなんとか購入を勝ち取ったディスク読み取り付きのもの。少し得意気になってしまう。

 

「これは魔法を使ってないんだ、使ってるのは電気。俺もどこから供給されてるのかは知らないけど……。都合よく使えるものがあったんだ」

 ふむ、と俺の話すことを不思議そうに聞けば、そういえば……と口を開いて。

 

「勇者が住む家には特殊な魔法がかかっていて、望むように変わるそうです」

 

 ……。

 …………へっ?

 

「つまり、この家は……」

「シローが望めば変化する、はずです」

 

 嘘だろ。じゃあなんだ、俺がコンロ欲しいって思ったやつとか、風呂欲しいと思ったことも、もしかして――。

 いいや、ものは試しだ。

 コンロがほしい! できたら高性能! あと風呂! とついでに脱衣所! デカいやつ!

 

 人間って欲深いな、そう内心思いながら変化を待つ。

 

 ……。

 何も変わってなくないか?

 

 そう思ってキッチンを確認する、と。

 


「俺の家にあったとても高性能とは言えないコンロ!!」

 

 そう、コンロが「今までもそこにいましたが?」なんて言いたげに設置されている。

 電池も入っているのか、チッチッチッチッ……と懐かしの音を響かせ、炎がついた。

「おお……文明の利器……!」

 俺に魔法の才能があるかといわれたらきっとNoだろう。だからこそ……いや待て、俺のコンロと一緒なら……。


「グリル付き!」


 そう、一人暮らしでプロパンガスのコンロを買って、使う人はそういないであろうグリル。

 魚大好き、市販の冷凍グラタンなんかも大好きな俺は重宝していた。

 この国の魚は食えるのか? 若干の不安も覚えるが、アリスに聞けば分かるだろう。


「アリス――」


 声をかけるもアリスはどこへやら、と思った時、「シロー!」と嬉しそうな声が響く。……響く?

 ベッドのすぐ近くに同色の扉が出来上がっていて――分かりづらいわ! そこがどこかへと繋がっているようだった。

 扉を開け、踏み入れると――。


「俺の部屋にあった風呂……!」


 そう、うん。すげえ小さい一人用の風呂。家賃三万円についてた風呂である。

 もっとこう、デカいのを想像したはずなんだが……?

 あれ、俺の望み……?

 

 気が利くのか利かないのか、シャンプー、リンス、ボディーソープ、洗顔料、ついでにボディタオルが大量に詰め替え設置されていた。

 ご丁寧にも、バスタオル等も不備なく置かれている。

 そこじゃねえんだよな、確かに無くなったら困るけど。

 

「シロー、凄いです、お湯が出ます! 水が細かいです!」


 アリスがシャワーを出し興奮気味に言葉を発するのを見て、少々思案する。

 

『一度は使ってみたい家具? No.1です』

 

 そう言ったアリスは新聞でも情報収集していたな。けど、水の細さに感動するってことは……シャワーがない?

 シャワーなら工夫次第で作れるだろうし。そういう不便も直せたらいいな……。

 

「これ、俺の世界の風呂だよ。入るか?」

 

 色々と思考が巡る頭の中、そう伝えればやはりどこか動揺していた。

 

「いや、お風呂なんて贅沢の極み……」

「俺にいいこと教えてくれたし、その礼で。それで髪の毛洗って、洗ったあとこれ塗って流して、これで身体洗って……」

 

 一通りアリスに風呂の入り方を教えれば、ぱぁっと顔を輝かせて頷く様子を見せてくれるもんだから。こっちまで嬉しくなっちまう。

 風呂場から出れば、コンセントに、やはり「前からいましたけど?」な表情をしたドライヤーが繋がっていた。

 

 ……。

 

 ……いや、確かにこれは不便しない。ガチで。

 けどさ、望み叶うってならこう……全部想像通りにしてくれてもよかったんじゃねえ? あ、それは貪欲ですか? なんて考えてしまう。

 なにはともあれ……。この家もチートアイテムだったってわけな。

 はは、と乾いた笑みが思わず漏れる。

 便利になった嬉しさ反面、誰か来たらどうしような、と杞憂が始まる。

 そんな杞憂も、風呂場から響く鼻歌を聞けばパチンと弾け飛んだ気がして。

 

 まぁ、その時はその時、でいよう。

 ゆるく考えればなんとかなる。

 

 そんなスタンスでいる俺が、この世界を効率化させるまで、あと――……。

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