第10話「パンを食べよう」

 裏路地から表路地に出る。そこで、貰ったパンを一口頬張ると――。

 

「かたっ……」

 

 ぽつり、とそうこぼしてしまった。

 

「アリスの言ってたこと本当だな……。こりゃそのままじゃ食えないぞ」

 

 思わず苦笑が漏れるも、アリスは笑って返す。

 

「けど、工夫すれば美味しく食べれますから」

 

 工夫……工夫ねえ。パンで工夫って言うと……。

 

「よし、アリス。帰るか」

「なぜです?」

「このパン、もっと美味しく食いたくないか?」

 

 にぃ、といたずらっぽく笑うと、アリスの顔に笑顔が浮かぶ。


「……はい!」


 そうして、家へ続く道を歩む。


 そこで、様々な話を聞いた。


 アリスの幼少期、パーンとの出会い、幼少期からの“躾”……。

 どれも“胸糞悪い”としか言えないことだったが、それでもその過去があってこその今のアリスだから。黙って頷くことしかできなかった。

 そういったことも話してくれるようには、信用してくれていると思ってもいいのだろうか。



 家に帰ってきて、一息つく。


「もうちょい街に近くてもよかったのにな……」

「過去の勇者が賑やかなことが苦手だったそうで」


 ああ、それは分かるんだけどさ……引きこもってゲームしてたいし。

 それにしても、体力を持っていかれてしまう。


「不便より安定かぁ」


 金ができたら街に住むのも……いや、確かに気疲れしそうだな。ううん。悩ましい。

 まぁ、とりあえず今は……。


「アレ、作りますか」

「あれ?」


 きょとんとするアリスに小さく笑って、頷く。


「手軽だけど美味くなるよ」


 そう言ってキッチンに立つ。

 先ずはパンを薄めに切って、フォークで小さな穴を開ける。

 昨日買ってきた卵と乳を手際よく混ぜて、卵液を作って。


「おむれつですか?」

「残念、オムレツではないな」


 卵液にパンを浸すと、おぉ、と感嘆の声が漏れた。


「染み込ませるんですね。卵をただ焼くだけでなく」


 ぐぅ、と腹の音を鳴らしながらきらきらとした瞳で見つめるアリスは、子供そのもので……ん、子供?


「アリスってさ、今何歳だ?」

「えっ……私の年齢ですか? 確か……18? だった気がします」

「じゅうはち……」


 omg。一回り差。そうか、そんなに若かったのか、アリス……。


「年齢に見合わないしっかりさ……」

 

 小さく呟きながら、充分に浸ったパンを、熱したフライパンに置く。

 じゅぅう、と焼けていく様を内心ガッツポーズをしながら見守る。

 

 どうやらこの“なにかの卵”は油が多いらしく、昨日のオムレツでもフライパンに引っ付かなかったのだ。

 そのため油はひいていない、が……。

 

「バターと砂糖はほしかったな……」

「ばたー? さとう?」

 当然知らないアリスには、「もっと美味くなるスパイスみたいなもん」と教えておいた。

 

 両面こんがりと焼き目が付いたパン――フレンチトーストもどきを皿に盛り付け、テーブルに置いて。

 ナイフとフォークを差し出し、「召し上がれ」と手で示す。

「いただきます」

 慣れないながらに両手を合わせ、一口食べたアリスは――どうだ――?

 

 またも瞳を輝かせながら、これ以上美味いものを食べたことがないと言いたげな表情をしている。

 俺のお手軽料理もどきでも喜んでくれるならよかった。

 安堵を覚えて自分の分も焼き始める。

 

「シローはすごいですね、色々な料理を知っていて」

 

 色々な料理……。

 

「独り暮らししてたからかな、面倒でも食わなきゃだから」

「面倒と思いながらでもしていたことがすごいです、きっと私では続きません」


 小さく苦笑を漏らして食べ続けるアリスは、今何を思っているのだろうか。

 人の心の中を覗けないのは当然異世界でも同じらしい。

 スラム時代のことを思い出していなければいいが……。


 少しして、俺のものも焼き上がった。

 我ながら上手く焼けた。頬が自然と上がる様を見られていたらしい。

 

「シローもそういう表情できるんですね」

「――え?」

 

 どういう意味だろうか、少し強張ってしまう。

 

「いつも緊張が常にあって、人の出方を伺っているようでしたから」

「よく見てんなぁ……」

 

 別にやましいことなどこれっぽっちもなかったが、指摘されるとなると話は別だった。

 まだマシな方でよかった。

 人の出方や顔色を伺うのは社畜時代の名残だが――。

 

「私はシローの執事ですから」

 

 お手本のような笑みを見せるアリスが眩しく見えて。

 ああ、信用されるってこんなに嬉しいことだったんだな。

 

 そう、改めて思いながら……。

 

 冷め始めてしまったフレンチトースト、もどきを食べ始めるのであった。

 

 社畜時代のスキルが今後も役に立つことは、想定しないまま。

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