深青

@KTks03ly07

第一章 一話 知らない顔、知りたくなる距離

十六歳の秋、私は深い青に触れた。

二十三歳の秋、同じ色が、深い闇に変わっていた。

___


高校一年生 秋


十六歳の夏が、何も知らないままで過ぎていった。

 高校一年生の夏休みが終わり、今日から二学期が幕を開ける。まだ外に残る夏の匂いと蝉の声を感じながら、水瀬夏希は、時間に追われながら走り続ける。今日はなんだか足が重い。何かが乗っかっているような、そんな感覚。

「やばい、遅刻する。」

 始業時間の五分前、なんとか、学校の正門を潜り抜ける。下足場で、まだ綺麗な青色の上履きに履き替え、三階の教室へと走り出す。

 一年三組。

 そう書かれたプレートを目印に、教室の扉をガラッと大きな音を立てて開けると、すでにクラスメイトは揃っていて、中からざわざわとした声が聞こえる。

 教室の窓際から二列目の一番後ろの自分の席に駆け込み、椅子に腰を下ろしたその瞬間、前の席の長い髪がふわりと揺れる。

「おはよ、夏希。間に合ったね。」

 振り返ってきたのは親友の佐藤美咲。相変わらず長いまつ毛、落ち着いた笑顔が似合う。

「今日遅刻はやばいって…」

 息を整えながら机にもたれ、美咲の言葉に頷く。

「ねえ、今日転校生来るの知ってる?」

 美咲が少しテンションを上げて話す。

「転校生?」

「うん。さっきうちの担任と見知らない男の子が一緒に歩いてたって、翔太が言ってた。」

 美咲がちらりと教室前方に目線を送ると、男子たちの輪の中にいた佐久間翔太が、こちらに顔を向けた。どうやら話は聞こえていたらしい。

「ふーん…高校で転校とかあるんだね。」

 そんな会話をしていると、ガラリと教室の扉が開いた。担任の中原先生が入ってくる。淡いベージュのパンツスーツがよく似合う女性だ。その後ろにはすっと背の高い男子生徒がついてくる。クラス内に小さなざわめきが走る。

 ―あの子が、転校生。

 中原先生は教壇の前に立ち、みんなを席に着かせて、手にしたチョークで黒板に名前を書く。

「はい、みんな静かにー。今日からこの一年三組に加わる……」

 神谷駿(かみや しゅん)

 その文字を書きながら中原先生が紹介する。

「神谷駿くんです。じゃあ、ちょっとだけ自己紹介お願いね。」

 先生の合図に促され、神谷駿が一歩前に出て、静かに口を開いた。

「えー…神谷駿です。色々事情があって、転校して来ました。分からないことも多いと思うんですけど……良かったら仲良くして下さい。」

 短い言葉のあと、軽く頭を下げた。教室には微妙な沈黙が広がり、その中で神谷駿は席に案内される。夏希の斜め後ろで窓際の一番後ろの席だった。

 夏希は、ちらりと背後に視線を送る。見ると真っ白なシャツの袖を少しまくっていて、日に焼けた腕が目に入った。横顔は涼しげで、けれどどこか無表情。話しかけづらい雰囲気をまとっていた。そのとき、神谷駿とふと目が合った。無表情だったはずの彼が、少しだけ――ほんの一瞬だけ、口元を緩めた気がした。

 夏希は、胸の奥で小さな音がしたのを感じる。

 (……え、いま、笑った?)

 次の瞬間、視線はすっと外された。夏希は、なんとも言えない気持ちのまま、自分の前の席に目を戻した。


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