結婚式
柴公
結婚式
「ただ今ご紹介にあずかりました、中柴吟世と申します。小梨さん、大淵さん、並びに両家の皆様、本日は誠におめでとうございます―」
滑り出しは上々だ、ここから胸ポケットの手紙を取りだして…
って、あれ?手紙はどこだ……!
「っとっと、どうやら天から、『カンペに頼るな』とのお達しがあったそうなので、なんとはなしにこのまま進めさせて頂こうと思います―」
会場がどっと笑いに包まれる。おそらく、祖父母と思われる方々は、少々ムッとした顔をしていた。こりゃあ、あとから怒られるぞ。
「…さて、友人代表スピーチと一口に言っても、一体何をするやら私にはわかりませんでした。なにせ、本披露宴が私にとっての初の結婚式参列となりますから、全く無茶な大役を任せてくるというものです―」
いや、本当に呆れたんだぜ?
またも、会場は沸く。まぁ、結果オーライか…。
「さりとて、数えて十と八年になろうという付き合いの、いわゆる大親友の願いでございます。断る訳にはいきますまいて、私は二つ返事に答えてしまったのです。『へぇ、そりゃめでてえや、よし、ここは一丁任せてくれや』なんて言って―」
緊張から、かしこまった言葉遣いが出来なくなってきた。まぁ無理な話だった、そもそもな?
「そんでもって、飲みの席から解散しまして、『さぁこれはいかなることか、どうしたもんかどうしたもんか…』と考えておりました。早速、某検索エンジンで調べてみますが、前口上は載っていても、詳細な話し方なんてのはありません。千字程度、五分ほどとは言いますが、はぁ、さてさてと。このことを伝えられたのが、昨年の神在月、あぁ、こちらでは神無月でございましたか、うんうん唸って半年も経ってしまったというわけでございます―」
おっと、間違えた…島根の図書館に就職して二年、もともと神道を研究してたのもあって、いよいよ都会一般と離れ過ぎてしまったか。
会場からは、「へぇ…」「たしか書店…だったかしら?」など、色々聞こえる。
「そしたら、ふっと浮かんでくるわけです。『待てよ、聡明さでは我らを遥かに凌ぐ小梨俊介の言うことであろう、なにか裏があるに違いない。さてもさても…』と。そこで思いつきましたのが、私は、拙いものではありますが一応、物書きでありまして。そんな実態を事細かに知っている彼ですから、もしかしたら私に、スピーチという名の小噺をしろという意図かもしれないということです。しかし困りました。半年も前に調べたことが脳裏を過ぎるのです。千字程度、五分―」
これは本当に焦った。どう頑張ったって千字は無理だ。私の文は、どう書き散らしても三千は越える。
会場は、私の滑稽な動き(手紙がないから、身振り手振りができるのだ)も相まって、終始クスクス笑いがある。いいぞ。序盤の失態を上手くカバーできてきた。
「しかし、高校で出会って、それから六年付き添い、瑞光を掴んだ二人にはどうしても楽しんでもらいたい。そういう訳で、今日ここに立っている次第でございます。小噺はここまでにして、しかし長々と話しすぎました故、少々巻でいかさせていただきますが、幸せってやつはいつ何時やってくるか分からない、どうにも気まぐれなやつでして、そいつを追い求める中で、たまたま二人が出会って、たまたま相手を愛して、そんな偶然が作り出しましたのが今この風景でございますことは、大変めでたいことでございます。このようなハレの日に、大役を任せてくれたことに感謝をしつつ、カンペを忘れ、空の手とアドリブでやらなければならなくなった、前日の私に尋常ならざる目線を送っては、共通の友人として、十八年来の大親友として、いつまでも二人が、その偶然を愛し、気まぐれを愛し、これからも飽くなき心持ちで以て、さらなる幸せを追い続けることを願いましては、これにて私の友人代表スピーチとさせていただきます」
やりきった…少々後半駆け足だったが、言いたいことは伝わっただろう。
会場は、笑い泣きの拍手に包まれた。大成功だ。拍手を受けて礼をすると、もも裏に回った手に何やら感触があった。
白い紙が、ポトリ、と音を立てて落ちた。
終
結婚式 柴公 @sibakou_269
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